アイスランド火山噴火と噴煙

 

鈴木雄治郎(海洋研究開発機構)

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エイヤフィヤトラ氷河噴火

 

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図1:2010年2月8日の桜島昭和火口の様子.2010年に入りこのような爆発的な噴火がほぼ毎日起こっている.

4月中旬に起こったアイスランドでの噴火はヨーロッパの約30カ国の空港を一時閉鎖に追い込み,経済的にも大きな損害を与えた.日本国内でも,桜島で千mに達する噴煙を出すような噴火がほぼ毎日起こっていて(図1),噴煙災害はけっして対岸の火事ではない.

 

アイスランドの噴火は島の南に位置するエイヤフィヤトラ氷河(Eyjafjallajökull)で覆われた地点(図2)で4月14日に約190年ぶりに開始し,溶岩の流出と噴煙柱と呼ばれる噴煙の上昇が続いた[脚注1].噴火初期

図2:アイスランドの地質図と地形図.赤☆印は4月に噴火したエイヤフィヤトラ氷河噴 火.緑☆印は3月のフィムヴォルズハゥルス噴火地点.青☆印はカトラ火山.(Landmælingar Íslands[1]の図に加筆)

には噴煙は高度10km以上に達する噴煙柱を形成し,その時点で西もしくは北西からの風が卓越していたために噴煙は欧州各国に流れる事態となった.噴火開始から数日経つと噴煙柱の高度は3〜5kmの高さまで減少したが,欧州航空網の混乱は続き,空港の再開までに約1週間かかった[脚注2].(エイヤフィヤトラ氷河噴火については東京大学地震研究所[3]やIceland Met. Office [4]などの解説も詳しい.)

 

 

 

 

 






 

火山噴煙


図3:火山噴火の概念図.高温・高圧状態で溶けたマグマは,火道と呼ばれる経路をつたって地表に出る.地表に近づくにしたがって圧力が下がるため,マグマ中の揮発成分がガスとして急膨張しマグマは粉々に破砕する.火山ガスとマグマの破片の混合物が火口から噴出する.

一概に噴煙と言っても,その意味は広いため注意が必要である.噴煙は,火山灰・軽石・火山ガス(水蒸気,CO2, SO2)などの火口から噴出してきたもの(噴出物)とそれと混合した周囲の空気や水蒸気の混合物である.噴煙の構成である火山灰:軽石:火山ガス:空気:水蒸気の質量比は無限の組み合わせがあり,噴煙は火山灰を多く含む灰色のものから,ほとんど雲と見分けがつかないような空気と水蒸気を主要成分とする白色のものまでバリエーションを持つ.灰色の噴煙に含まれる火山灰を航空機が吸い込むとエンジンが停止する危険性があり,今回の噴火では4月15日にスカンジナビア半島まで灰色の噴煙が広がっている様子が衛星から観察された.その後の火山灰の拡大はそれほど大きくなかったが[脚注3],安全を重視してSO2などの火山ガスを主体とする“噴煙”の広がりを警戒した結果,空港閉鎖が長期化したと考えられる.

今回の噴火で再認識させられたのは,「航空機のエンジン停止という最悪の事態を避けつつも空港閉鎖という経済的損害を最小限に食い止めるためには,噴煙拡大を正確に観測し予測することが重要」ということである.噴煙の挙動は,その流体的振る舞いに加え,風や地形の影響や火山灰が噴煙から分離する影響など,複合的な問題であるため,未だ十分な理解が得られていない.まずは,これまでに分かっている噴煙の挙動について概略を解説する.

火山内部では,マグマが減圧した時に溶け込んでいた火山ガスが急膨張する.この急膨張によってマグマは粉々に破砕され,噴煙として火口から爆発的に噴出する(図3).加速された噴煙は火口で音速を超えて衝撃波を発生させることもある[脚注4].火口直上ではその慣性で上昇するが,火口での初期運動量だけで重力に打ち勝って上がれる高さは限られる(例えば,秒速100mで噴出したとしても放物運動で上がれる高さはたかだか500m).噴煙はその上昇中に周囲の大気を取り込んで,取り込んだ空気を火山灰の熱で膨張させる.それによって噴煙は浮力を獲得し,上空数km〜数十kmまで上昇することができる.すなわち,噴煙上昇とはマグマの熱エネルギーを位置エネルギーに変換する現象と言い換えることができる.

図4:火山噴煙の概念図.噴煙の観測量としては,人工衛星から噴煙柱高度,傘型噴煙の高度と半径が得られ,野外観察により降灰分布が得られる.噴火に伴う空気振動が計測されることもある.


浮力を得た噴煙は上昇を続けるが,空気は上空にいくほど薄くなるため,ある高度で空気と膨張した噴煙の密度が釣り合うことになる.噴煙はその高度(密度中立高度)よりも上昇することはできず,水平方向に拡大する.正確には,噴煙が密度中立高度に達した時点では,噴煙はまだ上向きの余分な運度量を持っているため,密度中立高度よりも上に慣性で上昇する.噴煙は最高到達高度に達すると,上向きの運動量を失い密度中立高度に流

図5:噴煙柱・傘型噴煙の3次元シミュレーション.噴出物の濃度が1%の等値面を表 している.数値計算はSuzuki and Koyaguchi (2009)[8]を用いた.

れ下る.その形が「傘型噴煙」と呼ばれる由縁である(図4).傘型噴煙は密度中立高度で卓越する風に強く影響を受け,火山灰と火山ガスが運搬される.この領域が,エイヤフィヤトラ氷河噴火で欧州に拡大した噴煙に相当する.火山灰は大きな粒子から順に傘型噴煙から分離して落ちていくため,火山から離れるにしたがって地表に堆積するする粒子サイズは小さくなる.数十μm以下の小さな粒子や硫酸の微粒子に変化したSO2ガスはエアロゾルとして長期に渡って大気中に滞留し,地球全体の気温低下を引き起こす.

火山灰や火山ガスの大気中への分布や降灰分布を予測するためには,火口からどれだけの火山ガスとどの粒子サイズの火山灰がどの高度まで運搬されるかという問題と,一旦傘型噴煙に流入した火山ガスと火山灰がどのような風(風向・風の強さ)によって移流し拡散していくかという問題に整理される.前者の問題に関しては,近年噴煙の3次元シミュレーションが発達し(Suzuki and Koyaguchi, 2009 [8]),火口から出た噴煙全体が傘型噴煙へと成長する様子が再現できるようになってきていて(図5),火山灰が上空にどれだけ運ばれるかを再現する前段階に達している. 後者の問題に関しては,傘型噴煙を対象とした数値モデルが提案されていて(例えば,PUFF[9], Fall3D[10],Tephra2[11]),火山直上での粒子濃度分布を境界条件として与えた時に風や拡散によって火山灰が広がる様子を再現できるようになってきた(図6).正確な災害予測の実用にはもう少し時間はかかるが,噴煙柱の3次元シミュレーションと傘型噴煙の降灰モデルを結合することで,火口の噴火条件から火山灰と火山ガスの分布を予測できるようになる段階に入りつつあると言える.
 

   
 図6:火山灰分布の数値シミュレーション(Krazmann et al., 2010 [9]).上空の風に流されて火山灰が移流していく様子が再現できている. 図7:フィリピン・ピナツボ火山1991年噴火の写真(Fire and Mud, 1995 [5]).
 


[脚注1] エイヤフィヤトラ氷河噴火に先立ち,3月には同じエイヤフィヤトラ氷河でフィムヴォルズハゥルス(Fimmvörduháls)噴火が起こっていている.「4月の噴火は数週間の休止後に再噴火した」と解説がされることもあるが,フィムヴォルズハゥルス噴火の火口はエイヤフィヤトラ氷河噴火の火口と10km程度離れていることに注意されたい(図2).速報によると,フィムヴォルズハゥルス噴火の溶岩はSiO2が47%の玄武岩質であり,エイヤフィヤトラ氷河噴火の火山灰はSiO258%と安山岩質である[2].距離と時間が近いこの2つの噴火の連動性は現段階では明確でなく,今後の物質化学研究もしくはモデル研究が期待される.エイヤフィヤトラ氷河噴火の東にあるカトラ火山(図2)に関しても,過去にエイヤフィヤトラ氷河噴火の直後にカトラ火山が大噴火を起こしたという経験則から今回もその噴火を危惧する声がある.しかし,この2つの火山が連動しているかどうかについても明確な答えは得られていない.

[脚注2] 今回の噴火はその規模に対して空港一時閉鎖などその影響は予想以上に大きなものとなった.参考までに,1991年のフィリピ ン・ピナツボ噴火(図7)での噴煙柱の高度は30kmを超し,数年前のチリ・チャイテン噴火でもその高度は20kmを超した.ピナツボ噴火ではアメリカ軍 の空軍基地が降灰の影響で使用不可能となり,政治的な理由もあるもののこの噴火がアメリカ駐留軍のアメリカからの撤退につながったと言われている.国内で も,2000年三宅島噴火(図8)では噴煙柱は12kmに達した,

   
 図8:三宅島2000年噴火の写真(撮影者:富士常葉大学 嶋野岳人). 図9:1875年アスキャ火山噴火の降灰分布図(Carey et al., 2010 [6]).



[脚注3]  アイスランドでは島東部にあるアスキャ(Askja)火山で1875年に大きな噴火が起こり,その時の火山灰は少量ながらもヨーロッパ各地で観察されている(図9).
 
[脚注4] 高速噴出に伴う衝撃波の発生は今回の噴火でも見事に観察されている[7].


[1] http://www.lmi.is/english/
[2] http://www.earthice.hi.is/page/IES-EY-CEMCOM
[3] http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/2010/04/201004_iceland/
[4] http://en.vedur.is/about-imo/news/2010/
[5] Newhall, C. G. and Punongbayan, R. S., Fire and Mud, University of Washington Press, Seattle, 1996.
[6] Carey, R. J., Houghton, B. F., and Thordarson, T., Tephra dispersal and eruption dynamics of wet and dry phases of the 1875 eruption of Askja Volcano, Iceland, Bulletin of Volcanology, vol. 72, 259-278, 2010, doi:10.1007/s00445-009-0317-3.
[7] http://http.ruv.straumar.is/static.ruv.is/vefur/20042010_myndir_omar.wmv
[8] Suzuki, Y. J., Koyaguchi, T., A three-dimensional numerical simulation of spreading umbrella clouds, J. Geophys. Res., vol. 114, B03209, 2009, doi:10.1029/2007JB005369.
[9] Kratzmann, D. J., Carey, N. S., Fero, J., Scasso, R. A., Naranjo, J.-A., Simulations of tephra dispersal from the 1991 explosive eruptions of Hudson volcano, Chile, J. Volcanol. Geotherm. Res., vol. 190, 337-352, 2010, doi:10.1016/j.jvolgeores.2009.11.021.
[10] Folch, A., Costa, A., Macedonio, G., FALL3D: A computational model for transport and deposition of volcanic ash, Computers & Geosciences, vol. 35, 1334-1342, 2009, doi:10.1016/j.cageo.2008.08.008.
[11] Bonadonna, C., Connor, C. B., Houghton, B. F., Connor, L., Byrne, M., Laing, A., Hincks, T. K., Probabilistic modeling of tephra dispersal: Hazard assessment of a multiphase ryolitic eruption at Tarawera, New Zealand, J. Geophys. Res., vol. 110, B03203, 2005, doi:10.1029/2003JB002896.