年頭のご挨拶

2022年元旦@私の地質学事始めの地


  謹賀新年

  ワクチン接種後への当初の楽観的予想とは異なり、2021年のパンデミックの現状はずっと深刻で、いまだ予断を許さない状況にあります。コロナ以前の比較的安定継続していた生活(通勤・通学そして研究・教育活動)のあり方は突然終了しました。そんな中、我が地質学会も様々な新対応を試みてきました。初めてのオンライン形式での大会実施、各種会議のオンライン化などは、特記されるべき歴史的転換になりました。その他にも、ショートコースの拡充、賞の整備と新設(地質学会功績賞、H.E.ナウマン賞、および地質学雑誌特別賞)、「地質学雑誌」の印刷冊子廃止と完全電子化を進め、さらに各種手続きの電子化や会費制度の改革などを議論しました。今後の学会の体制・方向を決定する重要課題が続出し、迅速に対応したという意味で2021年は特別な年になりました。

  中でも嬉しかったことは、2021年の受賞者の中に女性会員が5名おられたことです。複数の女性会員が同時に表彰されるのは長い学会史の中でも初めてでした。彼女達の学術的業績が正々堂々と評価されての快挙でした。一つの懸案事項であったジェンダーバランス改善への取り組みが目に見える成果となり、これまでの男性主体の学会が多様性を認めあえる組織へと変わり始めた兆候です。今後、代議員・理事・執行理事への女性参加が一層進むよう努力しようと執行理事会で努力しています。

  地質学会がコロナ以前から抱えるもう一つの長期的懸念として、継続的な会員数減少があります。これには二つの要因があります。一つは国全体が抱える人口高齢化傾向の末端表現である(地質学会固有の問題ではない)こと、二つ目は近年の学会数の増加です。現行の学会体制は約30年前の日本の労働人口極大期に作られました。一方で、学問の極度な細分化が学会の数を増加させました。近年の若年人口減少と学会数増加という状況変化の中で、学会の制度疲労が会員数減少という形で現れ、隣接学会間での若者たちの獲得競争を通して各学会の存続危機を招いています。この流れの必然的な結果として、近い将来に多くの学会の統廃合が予想され、その中で地質学会がどのように独自性を保つのかが問われるはずです。改めて地質学会のアイデンティティーを強く意識する必要があります。

  学生や若手研究者の声には彼らならではの価値観がよく反映されています。従来、学術研究における最大の情報源として機能してきた学会誌の多くが、最近次々と電子ジャーナル化・オープンアクセス化され、最新情報獲得のための学会所属という旧来の会員メリットが大きく減少しました。もう一つの学会所属メリットである学術大会での発表講演についても、院生会員達の意識が大きく変わったようです。多数の学会が共存する現状では「年に一回学会発表できれば十分なので、どの学会で発表しても大差がないのなら、会費が安い学会に入る」という意見には正直驚かされました。学会の会員数増減が、このような目先の投資効果だけで判断されるのは大変嘆かわしいと、私の世代以上の会員は感じられることと思います。しかし、地質学会が直面するこの問題の本質は地質学会と他の学会との違いが不明確になったことにあります。この学会のアイデンティティー危機の原因は、私達ベテランおよび中堅会員が時代の変化に無頓着であった間に蓄積されたものと認めざるを得ません。

  そこで改めて地質学会のユニークさ、そして魅力を考えてみましょう。地質学は伝統的に岩石学、鉱物学、鉱床学、層序学、古生物学などの主要分野から構成されるものとされてきましたが、近年では領域横断的な研究が盛んになり、上記の古典的区分はもはや学術大会の発表セッション名称からもほぼ消えました。これは時代とともに進んだ研究手法の更新と研究者の意識領域拡大の二点からもたらされ、地球物理学、地球化学、地理学、また生物学などとの分野間境界も現在では不明瞭になってきました。その結果、既存の学会間の境界すなわち各学会のアイデンティティー自体が不明瞭になってきたのだと私は受け止めています。

  大学に入って間もない頃に、私が初めて野外調査に出かけた時のことを思い出しました。目の前に見える色々な自然事象・現象の中から、まず何から観察したらよいのかを大いに悩みました。複雑系の極みのような自然の中で地質観察をするためには、最も大きなスケールからミクロなスケールまで多分野に渡る視点を持ち、手法を整理して理解することが必要です。その地質学の基本をまだ身に付けていない段階だったので、当然ながら大いに戸惑ってしまったわけです。ただスタートがこんな状態であっても、フィールドワークというユニークな経験を積むことで、やがてより高い視点から俯瞰して全体像を掴むことや、かつ多様な手法を駆使して自然現象を正確に記述できるようになります。私の学生時代には、生命科学において遺伝子解析が急速に進み始め、時代の先端を切り開くその格好良さにしばしば劣等感を抱いたものでした。しかし、ある時に生物学科の友人がふと漏らした「狭くても自分独自のフィールド地域を持ち、いわば一国一城の主人として研究できる君達が羨ましい」という一言に大いに勇気づけられたことを思い出します。どんなに狭い地域・現場・研究対象でも良いので、全てのことを自分で総合化する権利を持ちうることが地質学の醍醐味ではないでしょうか。地質学発祥の地である英国では「地質学は科学の王様だ」と伝統的に言われてきたそうです。その理由は、長い歴史を持ち複雑な現象を示す地球を理解するためには、他の全ての科学分野の知識の総動員と総合理解が必要なことが彼地で意識されていたからだと想像します。私達も、広範な地球科学分野の中でそれができるのが地質学であり、それを学べるのが長い伝統のある地質学会だと言えるようになるべきでしょう。

  このパンデミックを機会に、今一度、私達も地質学のユニークさを再自覚・アピールして、若者達に地質学の魅力と夢を味わってもらうように努力しましょう。今から十年あるいは二十年後に地質学はどのような形で存在しているでしょう。またその時に振り返るであろう2022年はどのように記憶されるのだろうかを想像してみてください。世界がコロナで振り回されている間に、自分は何に興味を持って、どの学会で何を研究していたのかを。そして、あの頃に地質学会に入っていて良かったなと後で思える記憶を残すために、会員の皆さまと共に努力したいと思います。

  この一年半の間に会員の皆様から多くの貴重なご意見を頂きました。それに応えるべく執行理事の皆様には各々獅子奮迅の働きをして頂きました。ここに改めて御礼申し上げる次第です。現在、次期役員の選挙が行われており、初夏には新会長の元、次の執行部が動き始めます。ピンチの後にチャンスを広げる活躍に期待したいと思います。地質学会が皆様の研究を支援する場として、また、お互いを励まし合う場としてさらに発展するために、改めて会員の皆様のご協力をお願いして、年頭のご挨拶といたします。

2022年1月6日
一般社団法人日本地質学会
会長 磯行雄