東日本大震災に関する地質学からの提言

 

一般社団法人 日本地質学会 会長  宮下 純夫

 

2011年3月11日は,日本の歴史にとって忘れえない日となった.マグニチュード9の東日本を襲った超巨大地震と大津波による甚大な被害,そして原子力発電所の被災によって,日本はこれまでに経験した事がない困難な時期を迎えている.破滅的な被害からの復旧・復興のグランドデザインを考える上で,また,今後の防災・減災対策を講じていくために地質学的観点からの提言を行う.

 

今回の巨大地震と大津波は想定外であったと言われている.今回の地震は日本の観測史上最大で,津波も想定を遥かに越える規模であった事が,被害を甚大なものとした.しかし,数百年毎に一度の頻度で超巨大地震が発生している可能性に,一部の研究者は気付いていた*1.海岸近くの地層に,過去の大津波の痕跡(津波堆積物)が報告されており,その研究から,日本では観測された事がない超巨大地震が大津波をもたらしていた事が,北海道*2でも,東北日本太平洋側*3でも報告されていたのである.また,そうした堆積層が何層にもわたって存在しており,その年代頻度から次の襲来が迫っている事も警告されていた*4.こうした超巨大地震は,最近数十年間においてもスマトラやチリなどで発生し,甚大な被害を与えたことは記憶に新しい.これらの超巨大地震が今回と同じ海溝型地震であることを考えれば,そして上記の最近の研究結果からみて,超巨大地震は想定しておくべき事であった.

 

今回の大震災に関する地質学的観点からの被害調査に関しては,津波堆積物の精密な解析が急務である.津波堆積物に関して,過去の巨大地震の痕跡やその頻度,規模などを詳細に解析することは,日本海側でも急務である.特に,深刻な原子力発電所の被災状況を考えると,その重要性はいくら強調しても足りない.また,広範囲に生じた地盤の変状や液状化,中山間地での斜面崩壊なども調査・研究が必要である.一方,直下型地震や大噴火も甚大な被害をもたらす.これらに対する基礎的研究を推進することも,将来への防災・減災にとって重要である.

 

地質学的研究は,日本列島全体で見ると数千年に一度位の頻度で,超巨大噴火であるカルデラ噴火が発生している事*5,さらに,10万年前後の周期でみると氷河期が襲来する事*6も示している.こうした,一人の人間の一生を越えるような間隔で襲ってくる大災害に,如何に向かい合って行くのかが問われている.地球の上に生きている我々人類は,その長期的生存の戦略のために,足下の地球について深く知る事が必要不可欠である.今回の大震災は,改めて地質学の重要性と役割を痛感させた.

 

また,今回の大震災は,自然災害に対する知識を育成する重要性についても,改めて痛感させた.今回の甚大な被害の中でも,これまでの津波被害に関する教育・啓発によって,幸いにして多くの命が救われた例も多く報告されている.ところで,初等・中等教育における地学教育は,地学教員の採用もほとんどなく,希望しても受講できない高校が多いなど,理科教育の中での地位は極めて低い現状*7は.残念でならない.足下の地球を良く知る事が,防災・減災にとって何よりも重要であり,地学教育の位置づけの低さを改善する必要があることを強調したい.

 

今回の大震災に際し,巨大災害に関する地質学的研究の推進とともに,火山学,地震学,地形学などの広汎な地球科学関連分野との協力関係を推進して,足下の地球を深く理解することに務めたい.

 

*1 平川一臣ほか, 2000, 月刊地球号外, 31, 92-98.
*2 Nanayamaほか, 2003, Nature, 424, 660-663.
*3 宍倉正展ほか, 2007, 活断層・古地震研究報告 第7号, 31-46.
*4 藤原 治ほか編, 2004, 地震イベント堆積物.地質学論集, 58号.
*5 高橋正樹, 2008, 破局噴火.祥伝社新書, 69ページ.
*6 町田 洋ほか編, 2007, 地球史が語る近未来の地球.東京大学出版会, 9ページ.
*7 田村糸子, 2008, 地質学雑誌, 114, 157-162
 

(2011/4/5)