津波被災地現地報告(その2)

大石雅之(岩手県立博物館)

 

3月29日 宮古市重茂〜同市田老方面

 10時前に宮古到着。宮古市内手前から三陸自動車道宮古中央ICに入り、金浜の宮古南ICで国道45号線に出る。この交差点の手前から民家の惨状が始まる。3階建ての宮古湾温泉マースの2階までが被災していた。ファミリーマートは完全に破損し、JR山田線は線路が土手から外れて大きく曲がっていた。この土手にも津波による泥がかぶる。この付近の防潮堤は、海側は無傷だが陸側は大きく破損して中の土層が見える。ここで津波堆積物採取。

 津軽石川にかかる水門はほとんど何事もなかったかのようだったので、上流側の被害軽少を期待したが、上流側へ行くとまったくそういうことはなく、相変わらず瓦礫の荒野だった。津軽石川にかかる稲荷橋を渡って、宮古市運動公園の野球場へ行く。野球場は防潮堤のすぐ陸側にある。堤防直下陸側にはえぐられたような穴が並ぶ。野球場は内野スタンドの椅子、ネットその他が無惨に破壊されている。グラウンドはすべて泥をかぶっている。野球場玄関の泥水の汚れで、約4.5mの浸水深を読み取る。この付近の赤前中の集落では、無惨にも二階建ての建物の1階と2階が分離し、それぞれ横倒しになっていた。宮古湾東岸の道路も破損が多いが、すでに応急的に修復されていた。路肩の崩落もあったが、ガードレールのかわりに海側に丸太を並べただけであった。

 白浜では、海面から6mほどの堤防があるが、堤防内側の集落の海側半分ほどの民家は、土台のみであったり半壊であった。ここで漁師さんが話しかけてくる。「船は全部流された。堤防内側の作業小屋は流された。60kgほどの機械が100mほど離れたところにあった。津波は何回か堤防を越えたようだ。山の向こう(太平洋側)はすごいらしいね、死人もでているようだし」。津波堆積物採取。

 白浜峠を越え、太平洋側の鵜磯(ういそ)へ行く。鵜磯小学校の校舎付近の校庭に瓦礫が重なり、校庭の木に自家用車が横倒しに引っかかっていた。校舎の時計は2時50分で止まっている。2階建て校舎の1階はガラスが破損、2階は破損していないように見える。小学校門柱付近の斜面の草に引波痕があり、それがない草との境界を、道路に交叉する30m等高線から遡上高29mと読み取る。小学校の正面に津波で荒涼となった細い谷を通して太平洋が見える。可能なら津波がせまる様子を小学校の先生に聞きたいものだ。

 鵜磯の北約1kmの宿浜はもともと民家がなく、岸壁と漁業施設のみがあったが、漁業施設は全壊であった。斜面の10mほどのところの木立にボートが引っかかっている。宿浜に降りる道路に沿って、両脇の斜面に草の引波痕が残る。道路の傾斜に平行に近い状態で水が駆け上がった様子がわかる。道路を横切る等高線の30m付近が最大遡上高であった。この地点に青スプレーのマーカーと「仲組6」と書かれた木杭があった。すでに来た別の調査隊または地元の自治体などによるものとみられる。

 立浜はさらに1km北にあり、岸壁はかなり破損していた。引波で倒れた木と立ち木の境界は約6m、道路のゴミと草の引波痕の等高線読みで、最大遡上高27mであり、「仲組2」青マーカーもあった。

 引き返して、鵜磯の南約1kmの荒巻では、海側の民家の後片付け中であった。道路でおおむね24mの遡上高を読み取った。アスファルト道路は寸断され、通行不可であったので、もどって、音部里へ向かう。音部里集落が見えるところまで来ると、集落はほとんどが全壊であることがわかった。スペクタクル映画のセットとCGの背景画を思う。ここでは重機での作業が進められていた。集落入口の墓場の下側は墓石がほとんど転倒し、草の引波痕で約15mの遡上高を読み取った。

 時間がなく、明治三陸で18.9mの姉吉(魹ヶ崎の入口)は断念し、宮古方面へもどる。閉伊川には瓦礫はほとんどなかったが、ところどころに自動車や船の残骸が点在していた。宮古駅に近い宮町付近は何事もなかったように見える。しかし、山田線跨線橋を越えると状況は一変し、宮古市役所前の宮古大橋で、堤防の内側に大型船が横転している。滝のような黒い水のテレビ映像で見た船だ。築地、光岸地、鍬ヶ崎は全壊家屋の廃墟で瓦礫の山であった。

第1図.宮古市浄土ヶ浜の引波痕。破壊されたレストハウスの右側の山の斜面に明瞭に浸水深を示す枯れ葉の除去された跡が見える。

 浄土ヶ浜ビジターセンターへ向う坂で約13mの最大遡上高を読み取る。浄土ヶ浜は想像より瓦礫は少なく、材木がやや集積する程度だった。浄土ヶ浜レストハウスは二階まで破損し、その付近の山の斜面には、水に浸かって表面の枯葉が洗い落とされて黒土が見えるところとその上との境界が明瞭であった(第1図)。浸水深約7〜8mであった。蛸の浜の橋から下に望む歩道橋は崩落していた。

 宮古市日出島へ向かう。潮吹荘の佐々木福司氏は宮古層群の重要な化石をもっていることで関係者にはよく知られている。国立科学博物館の加瀬友喜氏も心配し、名古屋大学の大路樹生氏情報のグーグルパーソンファインダーで生存がわかっていたので、安心して訪ねることができた。潮吹荘は標高20数メートルで無事で、宮古層群化石保管庫も無事であった。潮吹荘そのものを見るかぎり、何事もなかったかのように見えるが、潮吹荘の下のレベルの民家は全壊で土台だけになっていた。佐々木福司氏はひとりでスコップをもって道路の土砂の除去作業をやっていた。「自分は、別の所にいて大丈夫だった。最初の波が小さいので海に降りた人が次の大きい波でさらわれた。隣の女遊戸(おなつぺ)では避難指示がよく、ひとりの犠牲者も出なかった。潮吹荘の下の民家では嫁さんがお義母さんの手を引いて逃げ、お義母さんはずぶぬれになったが助かった。ここでは船は1艘も残っていない」など話していた。日出島の宮古層群は露頭がよくなっていた。

 次に田老に向う。南端の水産加工工場から惨状は始まる。国道脇の「三陸大津波ここから昭和8年」の表示が空しい。養呂地川は瓦礫の川で、川の中に家やトラックの残骸がある。田老では呆然として、フィールドノートに記録を書くどころではなかった。地形図でみる防潮堤は、北東を上にしたX字状とすると、左象限が市街地、右象限が漁港、上象限も町並み、下象限は地図では田畑と針葉樹である。田老駅前から下象限に入ると瓦礫の荒野が広がる。野球場があったようだ。左象限の市街地に入ったところで車を止めて、堤防の上にあがる。言葉にできない無惨な町並みが広がる。無傷に近いビルの上部以外、低い家屋の大部分は全壊だ。戦災は見たことはないが、戦災より徹底して破壊されているように思える。2階だけ残った家屋に「3/29再OK」の赤マーカーがあった。屋根が残るが鉄筋が見えている家、一見無傷で残ったと思えた家も傾いている。これだけたくさんの瓦礫はいったいもともとどこにあったのだろう。右象限の漁港はほとんどが、瓦礫が点在する砂浜と化している。漁業施設も土台だけとなり、上象限と右象限の間の防潮堤はほとんど破壊されている。

第2図.宮古市田老の津波表示板の遠望。10mの昭和三陸大津波、15mの明治三陸大津波の表示が見えるが、「明治」より高い位置に今回のゴミが見える。左の道路では、道路が左から右へ登るカーブで約21mの最大遡上高がわかる。

 「昭和三陸津波10m」「明治三陸津波15m」の表示のある田老港東の岸壁わきの法面に向かう。上象限も瓦礫と全壊家屋の荒野。3階までが被害にあった「たろう観光ホテル」だけがたたずむ。「三王閣(休業中)」へ向かう道路の登り口に宮古層群の好露頭があり、断層での繰り返しをうかがわせる。坂の途中のわきに横転した自動車があり、その上側の道路わき斜面に草の引波痕があり、最大遡上高約21m。津波表示の法面の「昭和」が曲がって破損している。コンクリートの法面には金網があり、「明治」の約1m上にゴミがあり、10mほど南では2mあるいはそれ以上上にゴミ、つまり約17mかそれ以上の津波最大水位を示す(第2図;後日この写真を見ると20mほどかと思われるが、正確な測量が望まれる)。「平成」の表示を加える必要があるだろう。

 そろそろ暗くなりかけているが、三王岩の遊歩道を行く。遊歩道の破損や落石があるが、三王岩の園地まで行く。三王岩はそのままだったが、園地は崩落した大小さまざまな落石で埋まっていた。

 小本経由で盛岡にもどる。盛岡の夜景を見て、地続きのところに先ほど見た田老の廃墟があるとは信じられない思いになった。

 筆者は岩手県立博物館で地質学部門を担当しているが、地質学の学芸員としては自然災害に関する展示を行う必要があると考え、2006年1月28日から3月12日まで「ハザードマップ−減災から共生へ−」を実施し、その中で津波のハザードマップも紹介した。また、2008年4月からは「いわて自然史展示室」で小さな津波コーナーを設置している。「ハザードマップ展」終了からほとんど5年目で本当の津波災害が起きた。展示でもっと強いメッセージを出すべきであったという自責の念にかられる。

 また、今回の災害から得られた教訓は、この地域で将来も繰り返されるであろう災害を軽減させ、またわが国の中枢部を襲うことが懸念される、来るべき3連動地震(東海・東南海・南海)に備えるための重要な情報を提供すると考えられる。そのために、被災遺構等を保存し、これを活用していくことを真剣に検討する必要がある。

 調査に同行した吉田充氏(岩手県立博物館)、被災遺構保存に関するメールのやりとりで有益なご助言をいただいた宇井忠英北海道大学名誉教授、岩松暉鹿児島大学名誉教授、首藤伸夫東北大学名誉教授、伊藤和明防災情報機構会長、斎藤徳美岩手大学名誉教授に感謝申し上げる。

(2011/4/5)