2009年度各賞受賞者 受賞理由

■日本地質学会賞(2件) ■小澤儀明賞(2件) ■柵山雅則賞(1件) ■論文賞(2件) ■研究奨励賞(2件)
■国際賞(1件)
■小藤賞(1件) ■Island Arc賞(1件) ■学会表彰(1件)  

日本地質学会賞

受賞者:鳥海光弘(東京大学大学院新領域創成科学研究科・教授)
対象研究テーマ:造山帯とマントルの力学的側面の研究

  鳥海光弘氏は1975年に関東山地三波川変成帯の変成岩岩石学の研究で学位を取得した.その後,一貫して,『力学が造山運動を支配した』という信念に基づき,日本,カリフォルニア,アルプスなどの変成帯の構造と変成岩の組織(形,サイズ,方向性)の解析から,造山帯が発展する過程を定量的に復元する手法の開発と解読を実践してきた.それらを列挙すると,(1)広域変成作用時の応力の定量的解析法の開発(放散虫の変形を利用した応力,応力ひずみ),(2)変成再結晶時の鉱物の移動の解析(曹長石斑状変晶と集合ざくろ石の成因),(3)太平洋型造山帯の変成鉱物ファブリックの形成機構と応力の解析である.これらの研究は,それまでの構造地質学の伝統的な手法とは異なり,地質学に粉体力学や流体力学を持ち込み,変形組織から応力やひずみを定量化して,既存の定性的な造山運動論を近代化しようとする独創的な試みであった.鳥海氏のもう一つの貢献は,実験岩石学からマントルの流動特性の定量化である.660km深度で滞留するスラブの原因を反応曲線の傾斜が負になることによる浮力の獲得だけでなく,変成再結晶作用による結晶粒の微粒化による粘性の局所的低下が滞留を促進することを実証した.更に応力計の開発や『歪み速度計』を考案した.鳥海氏が提案した計算レオロジーは,今後のマントルの研究に,物質科学分野だけでなく地球物理学分野にも大きな影響を与え,固体地球の理解に大きく貢献するだろう.
以上の研究は極めて独創的で,造山帯の力学とマントルダイナミクスを理解する上で,極めて重要な貢献をしたと思われる.そして鳥海氏は,これらの分野で欧米の主要な国際雑誌17誌に,1978年から2008年までに合計44論文を発表した.地質学雑誌などに投稿した論文(和文,英文)を併せると75論文が発表されている.
これらの研究に加えて,鳥海氏は岩波書店発行の地球惑星科学教科書シリーズを通じて編集者として, 地球科学の体系化に貢献するとともに,著作,総説などで積極的に地球科学の普及にも努めた.更に,鳥海氏は地質学雑誌の編集委員を5年にわたって務め,1995-1997年には編集委員長を務め,地質学会の発展にも貢献した.
以上の業績を踏まえ,鳥海光弘氏を地質学会賞に強く推薦したい.
 

 

受賞者:石渡 明(東北大学 東北アジア研究センター・教授)
対象研究テーマ:オフィオライトと東北アジアの地質学的研究

  石渡 明氏は,卓抜した地質調査センスと岩石学分野の知識を融合させた研究により,特に「オフィオライト」をキーワードとして,日本列島を含む東アジアのテクトニクスの解明に多大な貢献をしている.夜久野岩類の研究では,火成岩・変成岩岩石学的手法を導入し,それらがペルム紀の島弧とホットスポットにともなう縁海盆に由来する異常に厚い海洋地殻の断片であることを明らかにした.これは,本邦に産するオフィオライトの系統的な研究の先駆けとなった.さらに,同氏は,アルプスやロシア極東域など,世界に産する主要なオフィオライトおよびそれに関連する変成岩や火成岩の研究を続け,総説を含めて多くの研究成果を公表するとともに,第29回万国地質学会議 (IGC) 京都大会でオフィオライト・シンポジウムを主催した.また,深海底掘削計画の立案や実施にも積極的に参加し,統合国際深海掘削計画(IODP)科学立案評価パネル(SSEP)共同議長を務めるなど,国内外の関連分野の進展に重要な役割を果たしている.氏が代表者となり現在も継続しているロシア極東域の日露共同調査の成果は,同地域と西南日本の地質構造の連続性を明らかにし,環太平洋顕生代多重オフィオライト帯の提唱に結実した.また,中国蘇魯—大別山超高圧変成帯の日中共同研究では,特に超高圧変成帯にともなう超苦鉄質岩の産状や岩石学的特徴に関していくつもの重要な知見を報告すると同時に,日本列島の基盤の形成には中生代初期におこった中朝地塊と揚子地塊の衝突型造山運動が深く関わっていたとするモデルを提唱している.また,火山岩類に関しても,グリーンタフ火山岩類の特徴を地質学的,岩石学的,地球化学的に再検討したことや,美濃—丹波帯からプルーム活動に関連したペルム紀海台由来の緑色岩類を報告するなど,多くの重要な研究を行っている.
同氏は,学会や個人のHPを通じて寄せられる地球科学関連の質問への回答,オフィオライト関連データベース「AILIS」および「偏光顕微鏡による主要造岩鉱物の簡易鑑定表」の公表や,調査グループを組織して行った平成19年能登半島地震の調査など,地球科学の教育・普及にとって,そして社会的にも重要な多くの活動を続けている.また,2期4年間,編集長としてIsland Arcの国際化に尽力するとともに,現在は同編集顧問,日本地質学会理事を努め,学会の発展にも多大なる貢献をしている.
以上のように,石渡明氏は地質学分野の研究をはじめとする多方面にわたり,多くの重要な功績・実績・貢献があり,日本地質学会賞に相応しい候補者として推薦します.
 

日本地質学会国際賞

受賞者:太田昌秀(元 ノルウエー極地研究所)
対象研究テーマ:極域の地質学

  太田昌秀博士は,1972年以来ノルウェー極地研究所の主席研究員として,スバールバル諸島やロシア〜カナダにかけて北極圏の地質研究を主導し,多くの著作や地質図を発表された.特にスバールバル諸島の古生代前期〜先カンブリア時代後期(Grenvilliann)の変動とその年代の解明に貢献され,高圧変成岩類がカレドニア造山運動の前期サブダクション期にあたることを明らかにし,プレ−トテクトニクスの開始時期に関する重要なデータとして注目を集めた.またノルウェー政府派遣の交換科学者として日本の南極観測隊でも活躍され,北半球の夏は北極,冬は南極と,両極の地質研究を精力的に展開された.1980年代以降の日本人地質家によるスバールバル諸島の研究や,同諸島ニーオルスン国際科学村に日本が観測基地を設けることは,博士の助言や尽力なくしては困難であった.さらに日本のみならず,英米独仏露南ア・スウェーデン・ポーランドなどとの共同研究を通じて極域の地質学の発展と国際交流に大きな役割を果たされた.
太田博士は,1933年長野県に生まれ,1962年北海道大学大学院博士課程修了後1972年まで同大学理学部に勤務された.若き日の博士は,飛騨変成帯や隠岐島後を研究対象とし,1959〜63年にかけ多数の論文を発表された.また光学的手法により長石が互いに癒合しながら斑状変晶を形成する過程を解明したり,ザクロ石斑状変晶の立体構造を解析する方法を開発するなど,独創的な研究をされた.博士は,1969-70年に北海道大学ヒマラヤ学術調査隊副隊長としてネパールの調査を行い,ヒマラヤの地質学にも大きな功績を残された.それまでの探検的調査の域から出て,科学的成果として「Geology of the Nepal Himalayas」というモノグラフに集大成されたのは博士の手腕によるところであり,同調査グループとともに1973年度秩父宮記念学術賞を受賞された.
太田博士は,常々科学者の視野の狭さを戒められた.ナンセンの大部の著書「フラム号」を翻訳されたのは,そうした思いからと思われる.北極圏は,冷戦時代には軍事的に,現在は地球環境問題や資源開発に,重要な地域である.博士は,1992-99年に日露ノルウェーの北極海航路プロジェクト委員としても貢献され,2006年にノルウェー極地研究所を退職された今もオスロにあって,極域の科学の普及と国際交流に努められている.これらの功績をたたえて国際賞に推薦する.

 

 

日本地質学会Island Arc賞

受賞論文: Bortolotti, V. and Principi, G.,2005,Tethyan ophiolites and Pangea break-up
Island Arc, 14, 442-470.

  This paper provides a masterful tectonic-petrologic-geochemical synthesis of the rifting and dispersion of Pangea based on the newly generated Tethyan oceanic crust now preserved in the Alpine mountain belts. It compiles Triassic to middle Jurassic ophiolitic bodies in the Tethyan and Caribbean regions in detail and proposes that the breakup of Pangea and the development of the Tethyan ophiolites progressed from east (Middle-Late Triassic) to west (Late Jurassic-Early Cretaceous). It presents the role of ophiolites in the elucidation of the timing and mechanisms of the breakup of Pangea as well as the development of Tethyan basins throughout the Mesozoic.
Based on the Thomson Science Index for the year 2007, this paper had the greatest number of citations of the candidate Island Arc papers published in 2005-2006. The first author has long worked in the fields of regional geology and geodynamics of the Northern Apennines and the peri-Mediterranean chains. He has energetically studied the stratigraphy, tectonics, and geodynamic evolution of the internal areas of these orogenic chains, in particular the successions pertaining to the Tethyan Ocean. He has published many articles on regional geology concerning the ophiolitic successions from Cyprus, the Pontic Ranges, Hellenides, Albanides, Dinarides, Romanian Apuseni, and Northern Apennines and has made great contributions in this field. We believe that this paper will contribute to future research on the geologic and geodynamic evolution of the Eurasia-Pacific region. In view of the scientific impact of the paper and the international scientific activity of the first author, the Judge Panel recommends this paper for the 2009 Island Arc Award.

 

日本地質学小澤儀明賞

受賞者:小宮 剛(東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻)
対象研究テーマ:先カンブリア時代のテクトニクスと地球史の解読

   小宮 剛氏は地球史解読の研究において顕著な業績をあげてきた.氏の研究は野外地質学を根幹とし,火成岩・変成岩岩石学や同位体地球化学的手法を駆使して,地球史全体に及ぶ長時間スケールの中でのテクトニクス様式の変遷,マントルおよび核の進化プロセス,さらには地球表層環境の進化の解明を試みている.これまでに氏が国内外の共同研究者達と明らかにした多くの成果は国内外において高く評価されている.
氏が中心となって進めた研究の中でも特に世界的に大いに注目されている業績として,地球におけるプレートテクトニクスの開始時期を限定したグリーンランド,イスア地域の研究がある.日本で1980年代に確立された付加体地質学の視点と手法を用いて,従来受動的大陸縁の堆積岩とみなされていた約38億年前のイスア表成岩体について詳しい野外調査と岩石学的分析を行った結果,海洋プレート層序やデュープレックス構造を認定し,その地質体が実は世界最古の付加体であることを解明した.これは,現在とほぼ同様なプレートテクトニクスが,誕生して約8億年たった初期地球において既に機能していたことを世界で初めて示した画期的な研究成果である.イスア地域からは,世界最古の生命の存在を示すデータが報告されており,氏の研究成果は世界の地質学界に大きな衝撃を与えた.先カンブリア時代の岩石・地層を産しない日本で育った地質学者が,初期地球テクトニクスの研究でこのような学問的貢献をした例はこれまでになかった.さらに小宮氏はグリーンランドの岩石試料の他に,西オーストラリアやアフリカ南部の試料についても同時に詳しく化学分析し,太古代から原生代にかけてマントルの温度の経年変化を調べた.その結果,マントルの温度が段階的に低下したことを具体的に示した.最近では研究対象をさらに広げ,地球表層で形成された種々の堆積岩についても多様な同位体地球化学的分析を行い,過去の大気・海洋中の酸素濃度変化の推定を試みており,今後得られる成果に大きな期待が寄せられている.小宮氏はこれまでに42編の学術論文(査読のある国際誌31編,著書2編うち筆頭著者分9編;国内誌9編,うち筆頭5編)を公表した.被引用回数は300回に達しつつあり,現在も急増中である.
以上のように小宮 剛氏の業績は,特にその質の高さで群を抜いており,日本地質学会小澤儀明賞に値する.

 

受賞者:須藤 斎(名古屋大学環境学研究科地球環境科学専攻)
対象研究テーマ:珪藻化石生層序を用いた地質学的および古海洋学的研究

 須藤 斎氏は,大学院以来一貫して珪藻化石生層序学と海洋環境変遷の研究に取り組んできた.その研究は大きく分けて,「野外地質調査に基づく珪藻化石生層序を用いた新生界の地質学的研究」と「海生珪藻キートケロス属の休眠胞子化石生層序を用いた古海洋学的研究」に分けられる.
前者に関しては,同氏は関東から常磐地域の陸上新第三系に対して珪藻化石生層序に基づく詳細な年代層序を確立し,堆積相と珪藻化石群集の変化から中部日本の新第三紀の海洋古気候変遷を明らかにした.また,産業技術総合研究所が実施している地震動予測のための平野地下構造解明の研究にも参画し,関東・新潟および常磐地域の新第三系の地下構造の解明に貢献している.後者に関しては,三陸沖,ノルウェー沖,アフリカ南西沖の深海コア,日本各地・カリフォルニアの陸上セクションを用いて,光学・走査型電子顕微鏡による形態観察と層序学的分析を行い,キートケロス属休眠胞子化石13属85種(9新属69新種を含む)の詳しい記載を行い,世界で初めて休眠胞子化石の分類体系を確立し,4,000万年前から現在に至るグローバルな時空分布と進化史を解明した.この研究によって3,370万年前にキートケロス属が短期間に種数と産出量を爆発的に増加させ,その時代まで主要な海洋一次生産者であった渦鞭毛藻類からキートケロス属を中心とする珪藻類に置き換わるという大生物イベントがあったという新事実を明らかにした.このイベントは,南極大陸に初めて本格的な氷床が発達し温室地球から氷室地球へと変化した急激な寒冷化イベントと一致し,さらに,珪藻を食べる甲殻類等を餌とするヒゲクジラ類が大量に分化していることから,海洋生態ピラミッドの上位の生物群に対しても,甚大な影響を与えた可能性を示唆している.このような成果により同氏は,統合国際深海掘削計画(IODP)の第302次航海の珪藻化石担当乗船研究員に抜擢され,世界初の北極海深海底掘削(ACEX)の研究ミッション遂行に貢献した.その成果はNatureにいち早く発表され,古海洋学に大きなインパクトを与えており,珪藻休眠胞子化石の分類を礎とする同氏のユニークな古海洋学的研究は,今後もさらなる発展が期待される.
以上の理由により,須藤 斎氏を小澤儀明賞候補者として相応しいと判断し,ここに推薦する.

日本地質学会柵山雅則賞

受賞者:水上知行(金沢大学 理工学域自然システム学類地球学コース)
対象研究テーマ:マントル構造岩石学

 「国内初天然ダイヤモンドの発見」はNHK全国ニュースなど多くのマスメディアに取り上げられ,発見者である水上知行君は一気に脚光を浴びることになった.ダイヤモンドの発見は,前弧地域におけるマントル流動を見直すきっかけとなり,画期的な研究成果である.今回の発見の背景に,今までの水上知行君のマントル岩石に関する高度な知識と幅広い研究成果の蓄積が必要不可欠であった.その特筆すべき例として,2004年「Nature誌」に出版されたカンラン石のLPOに関する発表が挙げられる.この論文は,カンラン石の<a>軸がマントル流動方向に対して垂直に配列し,かつ3軸集中するいわゆる「B-type」のLPOを天然試料から世界で初めて記載したもので,そのLPO形成と沈み込みプロセスとの関係を明確に示した.マントルの主要鉱物であるカンラン石のLPOは,マントルの物性に強い影響を与えており,マントルの地震学的異方性とマントル流動の関係を明らかにするための重要な情報である.同君は,この研究成果についてアメリカ地球物理連合及び日本地球惑星科学連合大会で招待講演を行っている.また,水上知行君は四国・三波川変成帯の高変成度部に位置する東赤石超塩基性岩体の研究にも取り組んできた.険峻な山岳地帯にもかかわらず,同地域の綿密な野外調査を行い,構造地質学的・岩石学的手法を組み合わせることにより,単調な岩相からなる東赤石岩体が記録している複雑な変形・圧力・温度履歴を見事に読み解いた.その結果,東赤石岩体は100キロ以深に由来し,沈み込み帯−ウェッジマントル系の様々な情報を保持している可能性が高いことが明らかとなった.このような岩体は世界でも非常にまれで貴重なものであり,現在では国内外で多くの研究者の注目を集めている.さらに,水上知行君は高圧実験及びラマン分光法を研究に取り入れ,既に両分野で優秀な業績を挙げている.
以上のように,水上知行君は,マントル岩石の地質学的な履歴を究明するために,様々な研究手法を融合した独自の研究スタイルを築いてきた.また,確度の高いデータにもとづいた慎重な議論を行い,確実な研究成果を上げる貴重な研究者でもあり,同君は今後も地質学的分野の研究に大きく貢献できるものと確信される.よって,水上知行君を,日本地質学会の柵山賞の候補者として強く推薦する.

 

日本地質学会論文賞

受賞論文:高橋雅紀,2006,日本海拡大時の東北日本と西南日本の境界.
地質学雑誌,第112巻,第1号,p.14-32.

我が国の地帯構造とその発達史の研究では,新第三系と中古生界の研究者のあいだの議論がこれまで活発ではなかった.中古生界の地体構造は古第三紀までに大略完成し,新第三紀になると,日本海拡大時にブロック化して多少の相対運動をしたにすぎないと思われていたわけである.高橋氏はこの論文で,著者自身を含む多くの研究者によって蓄積されたデータを使って,そうした見方にたいして説得力のある反論を展開した.それによって,例えば中央構造線がどこに連続するかというような,日本列島の地帯構造論の重要問題を解くために,新第三紀なかんずく中新世前半のテクトニクスの理解が不可欠であることを示した.このことは,我が国の地質構造発達史の研究のありかたに,変更をせまるものである.以上の理由により本論文を,日本地質学会論文賞を受けるにふさわしい論文として推薦する.



受賞論文:守屋俊治・鎮西清高・中嶋 健・壇原 徹, 2008,山形県新庄盆地西縁部の鮮新世古地理の変遷−出羽丘陵の隆起時期と隆起過程−.
地質学雑誌,第114巻,第8号,p.389-404. 

 本論文は,出羽丘陵新庄盆地西縁部に分布する鮮新世の地層群について,堆積学的手法を用いてその隆起史を明らかにしたものである.筆者らは,これまで未解決であった出羽丘陵の形成史について,詳細な地質調査に基づき層序の見直しを行い,堆積学的解析により16の堆積相とそれらの組合せによる6つの堆積組相に区分し,その堆積環境の推定を行った.また複数見られる海進・海退サイクルを基準に同時間面を認定し,堆積シーケンスに区分し,堆積組相の分布パターン・古流向解析・等層厚線図をもとに,堆積時の古地理を復元した.その上で,出羽丘陵の隆起過程と隆起時期について,地層群中に含まれる凝灰岩のフィッショントラック年代値と合わせて議論している.このように,本論文は基本的な堆積学的解析手法を駆使して,古地理変遷・構造発達史の解明と堆積盆解析を実施した例として堆積学の模範となる論文である.よって,論文賞に値するものと考えられる.

 

 

日本地質学会小藤賞

受賞論文:嶋田智恵子・佐藤時幸・工藤美幸・山崎 誠,2008,IODP, Exp. 303航海で得られた北大西洋の中部第四系から産出した絶滅珪藻種Neodenticula kamtschaticaの意義. 
地質学雑誌,第114巻,第1号,p.47-50.

 第三紀末に絶滅した1つの珪藻種が北大西洋の中部第四系から産出するという興味深い事実を報告し,その原因を考察した短報である.この珪藻化石は再堆積であるとしても,この珪藻種は大西洋では未報告とのことで,ベーリング海峡成立以後,パナマ陸橋成立以前の太平洋と大西洋のつながりを示す重要な資料であり,これについての考察は非常に面白い.この論文はグローバルな重要性を持つ事実をタイムリーに報告し,その意義を明確に論じた短報として,十分に小藤賞に値する.

 

日本地質学会研究奨励賞

受賞者:石井英一(日本原子力研究開発機構)
受賞論文:石井英一・中川光弘・齋藤 宏・山本明彦, 2008, 北海道中央部,更新世の十勝三股カルデラの提唱と関連火砕流堆積物:大規模火砕流堆積物と給源カルデラの対比例として. 地質学雑誌,第114巻,第7号,no.2,p.348-365. 

 上記論文は,北海道中央部十勝三股地域周辺に分布する給源不明の火砕流堆積物群において,分布・累重様式・層相解析・年代測定・全岩および鉱物化学組成等を調べ,これらが一連の火砕噴火で生じたことを明らかにした論文である.さらに,このデータを基に地球物理学的データとの比較・検討を行い,同火砕流堆積物が十勝三股盆地を給源とすることをつきとめ,その盆地がカルデラであることを実証した.この研究は,主著者自らが行った堆積物の露頭観察・分析に基づいている点や,長い間不明だった 1Ma頃の大規模火砕噴火の復元に成功した点で,火山地質学を研究する醍醐味を体現しており,大変に魅力的な論文である.主著者である石井英一さんは,対象期間内に火山学のみならず地下水理特性など幅広い内容の論文を多数発表しており(主著3・副著 2),その活躍は火山学の枠に留まらず,今後の活躍が大いに期待される若手研究者である.よって, 本論文は研究奨励賞に十分に値すると考えられる.

 

 

受賞者:坂口真澄(高知大学)
受賞論文:Masumi Sakaguchi and Hideo Ishizuka,2008,Subdivision of the Sanbagawa pumpellyite-actinolite facies region in central Shikoku, southwest Japan.  Island Arc, vol. 17, no. 3, 305-321. 

  この論文は四国中央部の三波川変成帯低温部(パンペリー石・アクチノ閃石相)における詳細な鉱物組合せ・鉱物化学組成の検討から,別子ユニットと大歩危ユニットとの間の「ナップ境界」に変成温度のギャップはなく連続的であることを明らかにした力作である.地質学において,岩石の性質が空間的にある方向へ連続して変化するということを自前の十分なデータによって証明するのは忍耐を要する困難な仕事であり,特に変成温度の低い変成岩については尚更である.これは多数のNa輝石の発見につながり,それによってミカブ帯の変成作用との連続性も明らかになった.この研究結果は三波川帯低温部の変成作用がナップ形成の後に行われた可能性を示唆し,今後の三波川帯研究へのインパクトも大きい.困難な研究に敢えて挑戦し,重要な結果を導き出したこの論文は研究奨励賞に値する.

 

 

 

日本地質学会表彰

受賞者:秋吉台科学博物館(代表:館長 池田 善文)
表彰業績:秋吉台研究に関する調査研究・教育普及活動

 秋吉台科学博物館は,山口県美祢郡秋芳町立博物館(現在は美祢市立)として,「秋吉台の自然保護」と「学術研究の発展」を目的として, 1959年10月1日に設立された.その後,増・改築を行い,現在は展示室・講座室・研究室・資料室・レクチャールームを持つ,秋吉台の自然の研究拠点として活動を続けている.
秋吉台科学博物館では,資料収集保存・調査研究・教育普及・展示を基本として様々な活動に取り組み,特に調査研究活動と外部研究者への研究支援について,設立以来,一貫して継続されてきた.昭和30年代後半の秋芳洞精密測量,秋芳洞潜水調査に始まり,その後も鍾乳洞群の学術調査,学術ボーリング調査,地下水調査など,多くの学術調査が外部団体との連携のもと実施された.これら一連の調査研究により秋吉台研究は大幅に進展し,特に帰り水を中心にした秋吉台の地質研究に新しい一頁が開かれると共に,フズリナ生層序学,古生代後期の礁形成史等の知見が飛躍的に増大した.また近年では,自然観察会を定期的に開催すると共に,児童・生徒ならびに地域住民を対象に,秋吉台の自然に関する体験学習などの教育普及活動に尽力してきている.
秋吉台科学博物館において特筆すべきことは,町立のために財政的に苦しい中,これまで入館料を徴収することなく,多くの来訪者・研究者に対し,限られた学芸員で献身的に研究支援・教育普及活動を続けてきたところにある.この1〜2年においても,年間1万人にのぼる修学旅行・見学団体に対し,講演・化石採集・見学会などの対応を行い,多い日には5〜6校の児童・生徒に,秋吉台と地質学の面白さ・素晴らしさを伝えてきている.学術研究においても多忙な館運営の中,研究成果は昭和36年創刊以降,継続的に発行されている「秋吉台科学博物館報告」により公表されると共に,調査報告書やパンフレットなどの普及本の形で広く社会に還元されてきている.さらに外部研究者の調査基地として様々な形で研究支援を行い,これまでに多くの優秀な地質研究者をサポートしてきた.
このような秋吉台科学博物館の秋吉台研究を通じてなされた我が国地質学発展に対する多大な貢献は,日本地質学会表彰に値するものと考え,ここに推薦する次第である.