2012年度各賞受賞者 受賞理由

■日本地質学会賞(1件) ■Island Arc賞(1件) ■小澤儀明賞(1件) ■論文賞(2件)
■小藤賞(1件) ■小藤文次郎賞(1件) ■研究奨励賞(3件) ■学会表彰(2件)

日本地質学会賞

受賞者:木村 学(東京大学大学院理学系研究科)
対象研究テーマ:テクトニクス,付加体地質学,沈み込みプレート境界地震発生帯物質科学

   木村学氏は,北海道大学での博士号取得後,香川大学・大阪府立大学・東京大学においてテクトニクスの研究・教育に携わってきた.その研究歴の初期においては,北海道をフィールドに,プレート斜め沈み込みに伴う千島前弧スリバーの衝突を提唱した.この研究はその後,島弧会合部のテクトニクスおよび東アジア全体のテクトニクスとして拡充・一般化された.また,旧ソ連サハリン,カナダ,米国西海岸,オーストラリア等の調査に基づき,世界各地の造山帯における付加作用および大陸成長過程の解明を試みた.さらに,四万十帯中のメランジュの構造地質学的解析から沈み込みプレート境界浅部の変形過程を詳細に示した.
1990年代後半から,木村氏の主導する四万十帯の研究は沈み込み帯地震発生帯物質科学へと発展し,陸上付加体におけるシュードタキライトの認定や断層への流体圧の影響な ど,海溝型地震の震源域から破壊伝播域にかけての物性や滑り特性を天然から定量的に解明しつつある.同時に木村氏は海洋付加体の掘削研究も推し進め,統合国際深海掘削計画(IODP)における南海トラフ地震発生帯掘削計画をリードした.また,ODP第170次航海,IODP第316次航海では共同主席研究者として乗船し,コスタリカ沖中米海溝の造構性浸食作用,熊野沖南海トラフの断層運動史の解明・浅部断層の摩擦発熱の解明など多くの成果を示した.現在では新学術領域研究「超深度海溝掘削」の研究代表者として,沈み込みプレート境界に関わる幅広い研究分野の融合を具現化している.
学界活動においては,長年にわたって地質学会評議員を務め,地質学会会長時には学会の法人化を進めるなど,その発展に大きく貢献した.また,日本地球惑星科学連合の初代会長として,地球惑星科学全体の国内および国際的地位の向上に尽力した.教育面においても,プレート収束帯や付加体に関わる教科書を上梓するとともに第一線で活躍する若手研究者を数多く養成している.
木村氏の得意とするのは,その幅広い視野のもと根源的な問題を抽出し,丁寧な地質学的観察と学際的共同研究からそれを解きほぐしていく研究スタイルで,常に第一線に立ってインパクトのある成果を出し続けている.また,社会的活動にも積極的に関わり,地質学会および地球惑星科学界の発展と地位の向上に大きく貢献している.木村氏は日本地質学会賞にふさわしい優秀な業績をおさめており,ここに推薦するものである.

 

 

日本地質学会Island Arc賞

受賞論文:Barber, A. J. and Crow, M. J., 2009.Structure of Sumatra and its implications for the tectonic assembly of Southeast Asia and the destruction of Paleotethys.Island Arc, 18, 3-20.

  Barber and Crow use their extensive knowledge of a wide range of geological information to address the complex paleogeography of the SE Asian region with special focus on Sumatra and its three constituent continental blocks: the East Malay, Sibumasu and West Sumatra blocks. In this paper the authors argue for a Mid Permian to Upper Triassic collision between the Sibumasu and East Malay blocks in Sumatra and discuss the possibility of later amalgamation further to the north. They also revise previous estimates for the age of the main transcurrent movements between the Sibumasu and West Sumatra blocks suggesting these were largely complete by Mid Triassic. These workers also suggest the West Sumatra Block may be correlated with the West Burma block to the north and present an interpretation of the Woyla block as an intraoceanic arc.These ideas are presented using a series of clear diagrams. The ideas presented in this paper are likely to stimulate further discussion and lead to a better understanding of the paleogeography of this region. The first author has been active in the research of eastern Asia including Japan, for more than 30 years.
This paper adds his many contributions and is a worthy recipient for the 2012 Island Arc award.

 

日本地質学小澤儀明賞

受賞者:山本伸次(東京大学大学院総合文化研究科)
対象研究テーマ:造山運動論

    山本伸次氏は,地球史 的観点に立って固体地球 変動の解読を目指す立場から,野外地質調査を軸とした岩石学・鉱物学の研究を進めている.彼は,東京工業大学の博士課程在学中,南チベットのオフィオライト岩体について鉱物学的な研究を行い,そのかんらん岩体中のクロミタイトが深部マントル由来であることを示す直接的な(in situの)証拠を初めて見出した.それは,透過型電子顕微鏡による分析の結果明らかになったクロマイト中の微細な珪酸塩鉱物,すなわちコーサイトと単斜輝石の離溶相である.これは,珪酸塩を離溶する以前の前駆相がクロマイトの高圧多形(CaFe2O4型;圧力>12.5GPa,深さ>380km)であった可能性を示す.そして,このかんらん岩体をマントル浅部にもたらした上昇流が,マントル遷移層の深さに由来することが示唆される.この研究結果は,天然の超高圧岩石の研究におけるナノ鉱物学探査の重要性をよく示しており,2009年の国際学術誌に印刷された.
山本氏は2007年に学位取得後,2010年度までは東京工業大学において,また2011年度は東京大学において,大陸成長に関する研究を行ってきた.従来,大陸を成長させる主要なメカニズムは海洋性島弧地殻の衝突・付加であると一般に考えられてきた.これに対して山本氏は,実際の海洋性島弧地殻のほとんどはそのままマントルへと沈み込むという観測事実や,既存の付加体や島弧地殻が強制的に削られる構造浸食作用に注目し,造山帯の理解において大陸地殻の総量を減らすプロセスこそが決定的に重要であること,従って従来提案された様々な大陸成長曲線は大幅に見直す必要性があることを指摘した.この研究もいくつかの論文として国際学術誌に印刷され,本学会年会を含む国内・国外の多くの学会で発表されていて,海外でも高く評価されている.彼はInternational Association of Gondwana Research学会から2009年のBest Paper Awardを授与され,2010年夏には中国天津での同学会年会に記念講演者として招待された.
山本氏はこれまで中国,オーストラリア,カナダ,英国などの造山帯研究調査に参加してきており,室内分析のみならず野外地質調査についても精通している.これまでの地質学に関する豊富な経験と幅広い研究視野,そして優れた研究業績から,地質学会の将来を担う若手研究者として活躍が期待され,小澤儀明賞の候補者としてふさわしいと判断されるので,ここに推薦する.

 

 

日本地質学会論文賞

受賞論文:Yoshimoto, M., Fujii, T., Kaneko, T., Yasuda, A., Nakada, S. and Matsumoto, A., 2010.Evolution of Mount Fuji, Japan: Inference from drilling into the subaerial oldestvolcano, pre-Komitake. Island Arc, 19, 470-488.

    本論文は富士火山の北東山麓,小御岳付近で行われた5本の学術ボーリング(最大深度650 m)の掘削試料に関する火山地質学的,岩石学的・地球化学的・放射年代学的研究成果をまとめたものである.本論文は,斑晶質玄武岩からなる小御岳火山噴出物の下に角閃石安山岩〜デイサイト質の先小御岳火山が存在すること,その結晶分化作用が富士火山とは全く異なる伊豆弧北部に特徴的なカルクアルカリ系列の傾向をとることを明らかにした.そして,15万年前頃に発生したこの顕著なマグマ組成の変化が,伊豆・箱根など周辺火山の活動パターンの変化と同期していることについて,この時期の構造発達史及び広域応力場の変化と関連づけて議論した.火山災害防止の観点から近年注目されている富士火山で初めて行われた深部学術掘削の試料について,完備したデータセットを提供し充実した議論を行った,優れた論文である.よって本論文は日本地質学会論文賞に値すると判断される.

 

 

受賞論文:Uchino, T. and Kawamura, M., 2010. Tectonics of an Early Carboniferous forearc inferred from a high-P/T schist-bearing conglomerate in the Nedamo Terrane, Northeast Japan. Island Arc, 19, 177-191.

    本論文は,北上山地の根田茂帯に関する著者らの従来の研究を発展させ,この付加体中の礫岩の礫種構成や円磨度について詳細に解析したものである.砕屑岩・火山岩礫に加えて高圧型変成岩・超塩基性岩礫が多数含まれることを明らかにし,変成岩は放射年代から蓮華変成岩に,超塩基性岩はクロムスピネルの化学組成から南部北上帯の岩体群に対比された.また,変成岩・超塩基性岩礫の円磨度が他の岩種に比して著しく低いことから,その供給源を前弧域に求めた.そして,前期石炭紀の南部北上帯前縁で,付加体の一部が沈み込んで高圧型変成作用を受け,その後3000万年以内に超塩基性岩類とともに前弧域に上昇,削剥され,これらの礫が島弧の火山岩礫とともに海溝域に供給されたというテクトニックモデルが提唱された.本論文は,断片的な情報しかなかった前期石炭紀の古日本島弧−海溝系のテクトニクスの理解を大きく前進させる優れた論文であり,日本地質学会論文賞に値すると判断される.

 

 

日本地質学会小藤賞

受賞論文:佐藤峰南・尾上哲治, 2010. 中部日本,美濃帯の上部トリアス系チャートから発見したNiに富むスピネル粒子.地質学雑誌,116, 575-578.

  国内の付加体に広く分布する深海性チャートは堆積速度が小さく,巨大隕石の衝突のような希なイベントを記録するポテンシャルが高い.著者は,後期トリアス紀に多く認められるクレーターの存在を念頭に,隕石衝突の痕跡が同時代のチャートに残されているという予想のもと,美濃帯犬山セクションを適切かつ丹念な方法で探査し,珪質粘土岩中からニッケルに富む多数のスピネル粒子を発見するに至った.本短報で提示された組成分析・形態観察の結果は,これらのスピネルが火成岩起源ではなく,白亜紀−古第三紀境界から報告された粒子と類似し,隕石起源であることを十分に論証している.これは,付加体中の深海性堆積物からの,世界初のイジェクタ粒子の発見である.本短報は着想から結果に至る過程も秀逸であり,今後,同様の研究が行われるならば,その模範を示したという意義も大きい.日本地質学会小藤賞の掉尾を飾るものとして,本短報の受賞を推薦する.

 

 

日本地質学会小藤文次郎賞

受賞者:坂口有人(海洋研究開発機構)
受賞論文:Sakaguchi, A., Chester, F., Curewitz, D., Fabbri, O., Goldsby, D., Kimura, G., Li, C.-F., Masaki, Y., Screaton, E. J., Tsutsumi, A., Ujiie, K. and Yamaguchi, A., 2011. Seismic slip propagation to the updip end of plate boundary subduction interface faults: Vitrinite reflectance geothermometry on Integrated Ocean Drilling Program NanTroSEIZE cores.Geology published online 8 March 2011; doi: 10.1130/G31642.1

  IODP NanTroSEIZE Exp. 316では,現在,紀伊半島沖で形成されつつある鮮新〜更新統付加体浅部が掘削されたが,著者らは地表付近まで達しているプレート境界断層および前 者から分岐するメガ・スプレー断層から得られたコア(それぞれ海底下438m,271mで掘削された)について,堆積物に含まれるビトリナイト(輝炭)の反射率(Ro)を詳細に分析した.その結果,僅か20mmにも満たない暗色層とその近傍に,周囲の輝炭反射率(Ro=c. 0.2%)よりも有意に高い輝炭反射率(Ro=c. 0.6%)であることを明らかにした.著者らは,これらの輝炭反射率異常は反応速度論モデルに基づいて,地震性すべりに伴う瞬間的な剪断加熱によって引き起こされたと説明出来ることを示した.これらの断層では,1944年の東南海地震(Mw=8.1)をはじめ巨大地震が繰り返し生じているが,地表に近い断層先端部は従来非地震性である考えられて来た.しかし,今回の発見は,先の東日本大地震で発生した大津波は地表まで至った断層変位に起因するという予想とも符合し,極めて先見性のある研究となった.よって,上記坂口ほか論文が革新的な事実の発見をもたらした論文に授与されるとする小藤文次郎賞の受賞対象論文の趣旨に良く合致することから,同論文を受賞対象論文として推薦する.

 

 

日本地質学会研究奨励賞

 

受賞者:増渕佳子(富山市科学博物館)
受賞論文:増渕佳子・石崎泰男,2011. 噴出物の構成物組成と本質物質の全岩および鉱物組成から見た沼沢火山のBC3400カルデラ形成噴火(沼沢湖噴火)のマグマ供給系.地質学雑誌,117,357-376.

 

  本論文は,東北日本南部に位置する沼沢火山の約5.4kaに生じたカルデラ形成噴火を対象に,噴火推移に伴うマグマ供給系の進化を,地質学・岩石学的に解明したものである.本研究では,その推移(火砕流→プリニー式→マグマ水蒸気爆発→プリニー式)に従った系統的試料採取に基づいて,本質物質は噴火の前半では白色軽石主体で・黒色スコリアが付随し,後半では灰色スコリアが主体になることを明らかにした.白色軽石と黒色スコリアの組成は一連の混合トレンドに乗る.これに加え鉱物組成・組織を総合的に検討し,両者は共通の珪長質,苦鉄質端成分を持つことが推定された.灰色スコリアの組成も混合トレンドを示すが,その苦鉄質端成分は上記とは異なり,噴火後半には別の苦鉄質マグマが混合に加わったことも解明された.以上のように噴火の推移に従う本質物質の種類・岩石学的特徴の推移を克明に明らかにし,それをもたらしたマグマ供給系の変遷を高い解像度で推定した研究成果は,日本地質学会研究奨励賞に値すると判断される.

 

 

受賞者:針金由美子(産業技術総合研究所)
受賞論文:Harigane, Y., Michibayashi, K. and Ohara Y., 2010. Amphibolitization within the lower crust in the termination area of the Godzilla Megamullion, an oceanic core omplex in the Parece Vela Basin. Island Arc, 19, 718-730.

  上記の論文はフィリピン海パレスベラ海盆の古拡大軸にあるゴジラ・メガムリオン(海洋底コア・コンプレックス)に露出する海洋地殻下部起源の変斑れい岩類について,岩石組織や鉱物化学組成の面から検討し,コア・コンプレックスの上昇過程における温度変化や熱水変質作用,角閃岩化作用について論じたものである.この論文は縁海における海洋底変成・変形作用について,世界に先駆けて比較的完備したデータと興味深い議論を提供し,海洋底コア・コンプレックス一般の成因についても重要な制約条件を与えた.また,この著者らは2011年にも同誌にゴジラ・メガムリオンにおける蛇紋岩とその原岩のマントルかんらん岩の変形作用に関する論文を出版しており,最近の活発な研究活動が顕著である.以上の所見から,本論文は研究奨励賞の受賞対象論文にふさわしいと判断される.
−備考−
Harigane, Y., Michibayashi, K. and Ohara, Y., 2011, Relicts of deformed lithospheric mantle within serpentinites and weathered peridotites from the Godzilla Megamullion, Parece Vela Back-arc Basin, Philippine Sea, Island Arc, 20 (2), 174-187.

 

 

受賞者:森 宏(名古屋大学大学院環境学研究科)
受賞論文:Mori, H. and Wallis, S. R., 2010. Large-scale folding in the Asemi-gawa region of the Sanbagawa Belt, southwest Japan. Island Arc, 19, 357-370.

  本論文では,四国三波川変成帯の高変成度部の構造がどのようにして形成されたかという古くからの重要な問題を解明するため,四国中央部の三波川帯の代表的ルートである汗見川周辺地域において野外および顕微鏡下での詳細な構造観察を行った.その結果,同地域の三波川帯の最高変成度周辺における鉱物帯の繰り返しが大規模な褶曲構造で説明できることを示した.さらに,同論文では,他の地域の地質構造に関する情報をまとめ,各地域での褶曲構造が巨視的な繋がりを立体的なモデルを作成して示し,鉱物帯の分布との関係について議論している.この三波川変成帯の地質構造および沈み込み帯深部におけるプロセスを統一的に解明した研究成果は,日本地質学会研究奨励賞に値すると判断される.

 

 

日本地質学会表彰

 

受賞者:北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)
表彰業績:自然・環境保全活動および地質学の教育・普及への貢献

  北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)は,後期白亜紀の淡水魚類化石の発見・発掘を契機に,1978年に自然史博物館開設準備室として開設した.以来,今日まで30年余りの活動を通じて,西日本地域最大の自然史博物館として発展してきた.また,本博物館は展示面積約6,100m2の約60%において地質学関連の資料が展示されており,日本を代表する地質博物館でもある.2002年からの累計来館者は300万人を超え,そのうち学校団体の利用は約1万6000件,約100万人に及ぶ.
北九州市周辺は,かつての炭鉱地域としての地質学的地勢と東アジアに隣接する地理的条件を生かし製鉄の町として発展,四大工業地帯の1つとして日本の経済的発展を支えてきた.しかし,一方で大気汚染等の公害問題が発生し,地域環境が危機的状況に追い込まれた経験を持つ.北九州市はそれを克服するための環境保全を実践する中で,地球環境についての市民への啓蒙活動の重要性を認知し,活動のための中核機関として博物館を位置づけた.このような背景の中,地域地質資料や所蔵資料を活用した博物館が行ってきた取り組みは,博物館自然史友の会を通じた出版活動,野外地質観察会,地質学・古生物学に関する普及講座,平尾台などの天然記念物の保全活動など,環境保全活動,自然保護活動,地学教育などの多岐におよび,「いのちのたび」という館名に込められた期待を超えたものと評価される.
北九州市立自然史・歴史博物館は地質学の普及と広報にも直接的に関与してきた.第1回地質の日には特別展示【地球と生命】を開催し,合わせて記念事業を企画している.また,西日本支部例会や西日本・近畿・四国,三支部同例会を開催したほか,古生物学会や洞窟学会など地質学に関連する学会,国際シンポジウムも多数開催してきた.
以上のように,北九州市立自然史・歴史博物館は,開かれた博物館として地域に根ざし,自然・環境保全活動に加えて地質学の教育・普及に大きく貢献してきた点で大きく評価できる.本博物館のこれまでの活動内容は,日本地質学会表彰に値するものと考え,ここに推薦する.

 

 

受賞者:狩野謙一会員(静岡大学理学部)・村田明広会員(徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部)
表彰業績:教科書発行と構造地質学普及への貢献

  狩野会員と村田会員は,過去40年近くにわたり様々なスケールの地質構造を研究してこられた野外地質学者である.両会員とも研究者生活の前半には,メランジュやデュープレックスといった付加体の重要な構成要素の存在を野外調査から実証された経験がある.1998年2月,両会員は協力して,学部学生および大学院生向けの教科書「構造地質学(朝倉書店,B5判,298p.)」を出版された.この教科書は好評を博し,2011年5月までに9刷,5750部が刊行された.朝倉書店によると,ここ20年間に同社の「天文学・地学」分野で刊行した書籍のうち,学部学生〜大学院生を対象とした専門性の高い書籍としては本書がトップの売れ行きであるという.また,2000年5月には本書の付録ともいうべき「構造地質学CD-ROMカラー写真集」が出版され,好評を博した.さらに本書は韓国でも注目されるところとなり,2005年10月,韓国人研究者3名による共訳の韓国語版がソウルの出版社シグマプレスから刊行された.こちらは1500部刊行され,現在「品切中」である.「構造地質学」の特色は,例えば以下の様に要約される.(1)当時の欧米の類書に書かれている内容が網羅されており,特に地質構造と広域テクトニクス場との関連が詳しく記されている.(2)島弧の構造地質学的特徴が両会員自身の研究成果を交えて詳しく記されている.(3)両会員が実際に撮影された豊富な写真が解説に用いられている.構造地質学関連の書籍は和洋を問わず多く出版されているが,1冊の教科書に(1)〜(3)をバランス良く取り入れている点が,本書の最大の特長である.日本の読者は(2)・(3)の内容から,自分に親しみのある地域の地質と関連づけて本書を読むことができた.本書が多くの読者を集めた理由は,ここにあると考えられる.
このように,本書は世界的に見ても優れた構造地質学の教科書の一つであり,日本及び韓国における構造地質学の普及に大いに役立ったことは疑いようがない.本書の刊行後,地質関連教科書の刊行が続いているが,本書の大量普及に力を得た著者もおられるかと思う.このように,狩野・村田両会員が教科書発行と構造地質学普及に向けられた努力は大いに顕彰されるべきであり,日本地質学会表彰候補としてここに推薦する.