2014年度各賞受賞者 受賞理由

■日本地質学会賞(2件) ■国際賞(1件) ■小澤儀明賞(2件) ■Island Arc賞(1件)
■論文賞(1件) ■小藤文次郎賞(1件) ■研究奨励賞(3件) ■学会表彰(1件)

日本地質学会賞

受賞者:川幡穂高(東京大学大気海洋研究所)
対象研究テーマ:気候変動に対応した過去・現代の炭素を中心とする物質循環に関する地化学的研究

   川幡穂高会員は,気候変動に対応した過去・現代の炭素を中心とした物質循環に関する地化学的研究において優れた業績を挙げてきた.地質学と気候学・海洋学を化学という視点でつなぐ研究の先駆者である.外洋における堆積粒子の主な起源は沈降粒子で,セジメントトラップ係留観測を太平洋の広範囲(46°N〜35°S)に展開して気候,海洋表層環境,沈降粒子の関係を解明し,赤道域ではENSO(エルニーニョ・南方振動)と沈降粒子の関係を初めて明らかにして,それらの結果を第四紀や中・古生代の古環境解析に適用した.特に,大気経由の物質輸送として重要な風送塵について,気候変動に対応した半定量的解析を初めて行った.
   生物起源炭酸塩は,物質循環とともに同位体・化学組成に基づく定量的解析に重要である.サンゴ礁生態系における二酸化炭素の放出を定量的に評価するとともに,二酸化炭素の増加による海洋酸性化に対する,炭酸塩殻を有する生物の応答を調べるため新しい室内精密飼育実験法を開発するとともに,生物起源炭酸塩の古環境定量間接指標のプロセス解析を行ってきた.現在,白亜紀を対象とした古環境復元とオマーン・オフィオライトの熱水活動の分析を統合するなど,固体地球と表層環境との繋がりについて,新しい分野を開拓している.
   以上の研究成果の多くは,筆頭著作とともに院生を含む研究室の共著論文として公表されており,個人の研究とともに教育やコミュニティの共同研究にも熱心に取り組んできた.これまでに十数名の博士を誕生させるとともに,多くの指導院生が大学,官庁,企業に勤務している.
   川幡会員は,オマーン・オフィオライトの学術調査を初めてアレンジし,国際全海洋研究(IMAGES)ではマリオンデフレンヌ航海の主席研究者を務めて日本の古環境研究の発展に貢献し,統合国際深海掘削計画(IODP)においては日本地球掘削科学コンソーシアムIODP部会長を2度,及び種々の国際委員を勤め,世界の掘削科学の発展にも貢献してきた.日本地質学会では代議員を務め,日本地球惑星科学連合理事・副会長として,日本全体の地球科学への功績も大きい.日本地質学会と関連する国内外の学会や連合との懸け橋として,これからも活躍が期待される.以上のような地質学,海洋学,地球化学,環境科学など幅広い分野の優れた業績と地球科学全体に対する大きな貢献に鑑み,川幡穂高会員を日本地質学会賞に推薦する.

 

 

斎藤文紀(産業技術総合研究所地質情報研究部門)
対象研究テーマ:沿岸堆積システムと沖積層の地層形成に関する現行地質過程的研究

   斎藤文紀会員は,沿岸域における海洋堆積物や沖積層の地層形成に関する現行地質過程的研究において先導的な研究を行ってきた.斎藤会員は,自身の研究にいち早くシーケンス層序学視点を導入し,日本における浅海堆積学や沖積層研究の進展や普及に大きな貢献をしてきた.大陸棚から大陸棚斜面を覆う海進砂層は,世界で初めて仙台沖の研究で示され,また沿岸堆積システムの観点から沖積層の発達過程を明らかにした研究は,沖積層研究の新たな展開を切り拓いた.
   しかし,斎藤会員の最も大きな貢献は,アジアのデルタ,沖積層に関する研究である.デルタの研究は,1990 年代までは欧米が中心でミシシッピ河やナイル河の研究が中心であった.斎藤会員は,1990 年代後半から,世界を代表する黄河,長江,紅河,メコン河,チャオプラヤ河,ゴダバリ河デルタにおいて,現在の堆積過程とボーリングによる堆積学的な研究を推進し,これらの地域の沖積層模式層序を確立するとともに,デルタの詳細な層相と発達過程を明らかにした.それらの研究では,デルタの堆積作用や成長過程が,数千年オーダーから季節変化まで,様々な時間スケールで明らかにされ,完新世のデルタ形成に関する新たなモデルが提示された.これにより,世界のデルタ研究は大きく進展した.さらに斎藤会員は,近年の人間活動のデルタへの影響に関する研究を推進することによって,デルタの環境保全に関する研究も推進している.また斎藤会員は,IGCP-475 等のプロジェクトを主導するとともに,国際デルタ会議をアジア各地で開催し,世界のデルタ研究の発展やアジア地域の研究の推進や人材育成に大きく貢献してきた.現在,堆積地質学の面からだけでなく,地球環境問題と関連した面から,多くのデルタ研究が行われているが,斎藤会員は,その潮流をつくり,世界のデルタ研究を牽引してきた一人である.
   海外の学会等における招待講演を行っていること,多くの国際学術誌の編集委員となっていること,海外の教科書においてデルタの章の著者となっていることは,斎藤会員が国際的に評価されていることを示している.また斎藤会員の論文や著書の被引用数の多さは,研究レベルの高さと堆積地質分野に対する強い影響力を象徴している.以上のような地質学,堆積学,環境科学など幅広い分野の優れた業績と地球科学全体に対する大きな貢献に鑑み,斎藤文紀会員を日本地質学会賞に推薦する.

 

 

日本地質学会国際賞

受賞者:江 博明 (JAHN, Bor-ming)(国立台湾大学)
対象研究テーマ:地球惑星物質の地質年代学,同位体・微量元素地球化学,地殻進化の研究

   江 博明氏は,地質年代学,同位体地球化学,地殻進化の研究において,それらの分野を世界的にリードするとともに,数多くの日本人地質研究者と学術交流し,日本の地質分野の人材育成と教育にも大きく貢献した.
   江氏は国立台湾大学(台湾大)で学位取得後,ブラウン大学,ミネソタ州立大学ミネアポリス校において,それぞれ地球化学の修士号,博士号を取得した.その後,米国航空宇宙局有人宇宙機センター(現,ジョンソン宇宙センター)及び月科学研究所に在職し,月試料分析に携わりながら,太古代花崗岩・コマチ岩の地球化学的研究を展開し,分析法開発に携わった.その後,レンヌ第一大学に27 年間在職して,研究と教育に携わり,多数の後継者を輩出した.2003 年に台湾大に移り,続いて2004 年に中央科学院地球科学研究所所長に抜擢され,台湾の地球惑星科学分野の国際的飛躍に大きく貢献する一方で,日本から若手研究者を積極的に受け入れて国際舞台への進出を援助した.所長職を退いた2010 年以後も,台湾大において後輩の教育に尽力するとともに,Jour. Asian Earth Sci.誌編集長をはじめ,Island Arc 誌編集顧問などを務め,アジアの地質学分野の発展に大きく貢献している.
   江氏は,これまでに約240 編の論文を公表し,15 編の学術誌特集号を編集した.被引用数が1 万件を超える著者の一人である.彼は,北中国地塊において約38 億年前の最古の地殻構成岩を発見した.中央アジア造山帯の花崗岩類の研究に取り組み,顕生代の付加型造山に伴って大規模地殻形成があったことを見いだした.花崗岩研究は日本列島にも及ぶ.地質学への貢献はアジアだけにとどまらず,太古代コマチ岩の希土類元素による分類の他,彼の研究によって,トーナル岩−トロニエム岩−花崗閃緑岩の組み合わせ「TTG」が地質用語として確立した.
   以上のような長年の学術的功績により,彼は4 つの国際学会でフェローの称号が認められており,中国国内の9 つの研究所で名誉教授の称号を授与されていて,2012 年には台湾中央研究院の院士に選ばれた.また,2008 年にフランス教育省から騎士勲章を授与され,2013 年にはフランス地質学会Prestwich 賞を受賞した.これらの学術的業績とアジア諸国および日本の地質学コミュニティーにおける人材育成への大きな貢献に鑑み,江博明氏を日本地質学会国際賞に推薦する.

 

 

日本地質学小澤儀明賞

受賞者:菅沼悠介(国立極地研究所地圏研究グループ)
対象研究テーマ:海底堆積物における古地磁気記録獲得機構と地磁気逆転年代の高精度化に関する研究

   菅沼悠介会員は,地球変動史を中心とする広い分野で多くの成果を挙げてきた.古地磁気学や年代層序学を基軸としながら,常に新たな研究手法を取り入れ,新しい研究分野に挑戦し続けている.
   菅沼会員の特筆すべき成果は,海底堆積物における堆積残留磁化の獲得メカニズムの解明である.堆積物に記録される地磁気逆転や地磁気強度変動は,汎地球的な同時間面として地層対比や編年などに広く利用されてきた.堆積残留磁化の獲得メカニズムの研究では,粒子が堆積した時刻と粒子の磁化が地球磁場の方向に向いた時刻との間に時間差があることが認識されていた.この時間差を明らかにする方法を菅沼会員は新たに開発した.地球磁場逆転時には,地球磁場強度が低下しそれとともに堆積物の残留磁化の強度が減少するという事象と,10Be フラックスの増大が磁場強度低下により起こるという二つの事象を結びつけた.菅沼会員はBrunhes–Matuyama の地磁気逆転期の二つの事象を観察し,残留磁化の低下した堆積物の堆積深度と10Be フラックスの増大の堆積深度のあいだに有意な違いがあることを発見した.そして,この時間差からBrunhes–Matuyama 地磁気逆転境界年代値が,従来推定されていた年代より1万年程度若い約77 万年前であることを突き止めた.さらに,これらのデータの解析に基づき,海底堆積物における堆積残留磁化の獲得は,従来の想定である堆積物の圧密・脱水過程では説明できず,むしろ生物学的・化学的プロセスのような全く異なるメカニズムが働いている可能性を示した.これらの研究は国際誌に発表されるとともに,国内誌にもレビュー論文として報告され,大きな注目を集めている.菅沼会員はこの他にも,太古代チャート層の精密古地磁気測定に基づく約35 億年前の高速大陸移動の証拠発見や,地磁気強度変動を用いたCCD 以深の海底堆積物の年代決定に基づく東南アジアモンスーン変動の復元など,幅広い分野で成果を挙げている.
   菅沼会員は,南極観測隊員として3 度南極観測に参加し,東南極氷床変動メカニズムの解明に取り組んでいる.また,日本掘削科学コンソーシアム(J-DESC)の陸上掘削部会執行部委員やANDRILL(南極地質掘削計画)の日本代表を務めるなど,分野発展への貢献も大きく,今後の幅広い活躍がいっそう期待される.以上の実績を高く評価し,菅沼悠介会員を小澤儀明賞に推薦する.

 

 

受賞者:田村 亨(産業技術総合研究所地質情報研究部門)
対象研究テーマ:統合的な手法による沿岸域の地層と地形形成に関する研究

   田村 亨会員は,堆積物の層相解析,高精度粒度分析装置による粒径分布特性値の高分解能解析,地中レーダーによる地下浅層断面の高精度可視化と堆積形態の3 次元解析,石英粒子の光ルミネッセンス法(OSL)による年代測定など,近年急速に進展した分析・解析手法を巧みに統合することで,堆積過程や地形形成の3次元的変動様式を数10 年オーダーの時間の分解能で議論できる地質学研究の高精度化の手法を構築してきた.この手法により,人間活動に大きな影響を与えている短期間で発生を繰り返す環境変動にともなった平野や砂丘などの拡大・縮小様式の実体を詳細に解明することが可能となった.このような一連の研究成果は国際学術雑誌などを通して国内外へ広く発信され,多くの引用が行われている.さらに,これまでの研究成果は,メコンデルタのような地球温暖化にともなって今後人間活動に大きな影響を及ぼすと懸念されている海浜域の拡大・縮小傾向の将来予測などを高分解能で解析するための新たな研究戦略の展開へと発展することが期待される.
   これまでの主な研究内容は以下のようにまとめられる.日本を代表する浜堤平野の九十九里浜平野と仙台平野において,ボーリングコア試料に基づく堆積システムの層相の相違と全粒度構成の各層相への粒径配分の不均衡を見積もることによる地層解析の新たな手法を提示した.また,ボーリング調査と地中レーダー調査を統合させ,特定の層相境界部が海水準の良い指標になることを明らかにし,層相の断面分布や平面分布から地震による断続的な隆起傾向や隆起速度の変化を明らかにした.鳥取砂丘では,地中レーダーとコア試料のOSL を用いて,砂丘の発達が冬季のモンスーン変動に大きく影響されてきたことを明らかにした.さらに,メコンデルタでは,海浜の地形と堆積物の季節・年変化をモニタリングすることにより,その形成がモンスーンに大きく影響されていることや,浜堤列堆積物のOSL 年代から数10〜数100 年の時間スケールでの浜堤列の発達の規則性を明らかにした.
   このように田村会員の研究は,沿岸域での堆積学や地形学の世界最先端の研究に留まらず,テクトニクス,古気候,海岸保全など他分野へも大きく貢献してきており,今後は日本地質学会の将来を担う若手研究者として国際的な活躍が期待される.以上の実績を高く評価し,田村 亨会員を小澤儀明賞に推薦する.

 

 

日本地質学会Island Arc賞

受賞論文:Dapeng Zhao, M. Santosh and Akira Yamada, 2010. Dissecting large earthquakes in Japan: Role of arc magma and fluids. Island Arc, 19, 4–16

   Dr. Zhao and the co-authors have tried to clarify causal mechanisms of large earthquakes in the Japanese Islands using high-resolution tomographic images of the crust and uppermost part of the mantle beneath the mainshock hypocenters of the large earthquakes during 1995 to 2008. They have found that the large earthquakes, as well as 164 additional crustal earthquakes, have occurred along low-velocity zones with high Poisson’s ratio anomalies, which are considered to be represented by arc magma and fluid. The finding indicates that the generation of a large earthquake is not entirely a mechanical process, but is closely related to the physical and chemical properties of materials of the crust and upper mantle, such as magma and fluids, which are produced by a combination of subducting slab dehydration and corner flow in the mantle wedge. Furthermore, the authors have pointed out that the rupture nucleation zone should have a three-dimensional spatial extent and is not just limited to the two-dimensional surface of a fault as suggested by the previous studies. The outcome of this study should contribute to a better understanding of the origin and mechanisms of large earthquakes and also be indispensable for the mitigation of large earthquake-related disasters in the future.
   This paper received the highest number of citations–based on the Thomson Science Index for the year 2013–amongst the entire candidate Island Arc papers published in 2010–2012. The first author has been active in the research of seismic tomography and the effects of fluids and magma on earthquakes. This paper adds to his many contributions and is a worthy receipt of the 2014 Island Arc Award.

 

 

日本地質学会論文賞

受賞論文:田辺 晋・石原与四郎, 2013, 東京低地と中川低地における沖積層最上部陸成 層の発達様式:“弥生の小海退”への応答. 地質雑, 119, 350-367.

   本論文は,いわゆる「弥生の小海退」の存否を明らかにするために,東京低地と中川低地の15 本のボーリングコアの沖積層最上部陸成層の層相解析と放射性炭素年代測定を行い,既存の7021 本におよぶ柱状図資料も用いつつ,堆積相・生物相・N 値などに基づき,最上部陸成層の発達様式を検討したものである.その結果,最上部陸成層に砂嘴・デルタフロント・干潟・河川チャネル・氾濫原の5 つの堆積相が識別され,首都圏の地盤沈下の影響などを補正した上で,それぞれの3 次元分布が精緻に描きだされた.これら各岩相,とくに河川チャネル・氾濫原堆積物の標高分布などから,3 千年前に海水準が低下した,すなわち「弥生の小海退」があったことが確認された.復元された古地理や地形発達史は説得力のあるものとなっており,ハイドロアイソスタシーやテクトニクスを含めて,本論文は今後の沿岸河口低地における研究に問題を提起するものともなっている.また,この成果は考古学分野などにも貢献するであろう.以上のことから,本論文は地質学雑誌掲載論文として優れたものであり,地質学会論文賞に値する.

 

 

日本地質学会小藤文次郎賞

受賞者:野崎達生(海洋研究開発機構・地球内部ダイナミクス領域)
受賞論文:Nozaki, T., Kato, Y. and Suzuki, K., 2013, Late Jurassic ocean anoxic event: evidence from voluminous sulphide deposition and preservation in the Panthalassa. Scientific Reports, 3, 1889, doi: 10.1038/srep01889.

   三波川変成帯には別子型鉱床が数多く点在するが,二次的に三波川変成作用を被っているために,その形成時期・成因については明らかにされてはいなかった.本論文は,三波川変成帯に分布する11の別子型鉱床についてRe-Os 同位体年代を求め,これら鉱床が約150Maに生成したことを明らかにした.さらに,この年代が過去3億年間における海洋のSr87/Sr86比が最も低く,大気中のCO2濃度が最も高い時期に一致していることに着目し,中央海嶺における活発な火成活動による大気中のCO2 濃度の上昇,それに伴う地球温暖化と極域の氷床の消滅,それが引き起こす海洋大循環の停滞と還元的海洋の発達,結果としての硫化物鉱床の生成・保存,という一連の地学現象により,別子型鉱床の成因を説明した.本論文は付加体中の別子型鉱床の成因が古海洋環境変動と密接に関連することを示した独創的で優れたものである.また,従来あまり認知されてこなかったジュラ紀後期における海洋無酸素事変の存在を示唆しており,日本列島の地質を研究対象としつつ,グローバルイベントを提唱している点でも,高く評価できる.以上の理由から,本研究を中心として推進してきた野崎達生会員は小藤文次郎賞に相応しい.

 

 

日本地質学会研究奨励賞

受賞者:細井 淳(茨城大学大学院理工学研究科)
対象論文:細井 淳・天野一男,2013,岩手県西和賀町周辺奥羽脊梁山脈における前期〜中期中新世の火山活動と堆積盆発達史.地質学雑誌,119, 630–646.

   本論文は,日本海拡大期から拡大直後にかけての砕屑岩と水底火山岩類を対象に,丹念な野外調査にもとづく堆積相解析によりグラーベンの埋め立て過程を推定したものである.研究対象地域はグリーンタフの一連の層序が見られる古典的なフィールドで,かつては多くの研究者の巡検ルートとなっていた地域であり,ここでの前期〜中期中新世の火山活動を伴う堆積盆発達史の解明は東北日本のグリーンタフ地域の発達史の解明に大きく役立つものと考えられる.古くから研究されてきたフィールドではあるが,火砕岩の変質が激しく岩相の側方変化も大きいことから,層序を理解することが容易ではなかった.この困難を克服するには水底火山岩類の構造と堆積相の理解が不可欠であるが,本研究はその観点を取り入れて層序を再検討し,水底火山活動と堆積過程の解釈をわかりやすいモデル図も併用して明示している.本研究は,いまだに課題の多いグリーンタフの新たな展開を期待させる優れたものと言える.以上の理由により,細井 淳会員を研究奨励賞に推薦する.

 

 

受賞者:上久保 寛(石油天然ガス・金属鉱物資源機構資源探査部)
対象論文:Kamikubo, H. and Takeuchi, M., 2011, Detrital heavy minerals from Lower Jurassic clastic rocks in the Joetsu area, central Japan: Paleo-Mesozoic tectonics in the East Asian continental margin constrained by limited chloritoid occurrences in Japan. Island Arc, 20, 221-247.

   著者らは,上越地域の下部ジュラ系岩室層から砕屑性クロリトイドを発見した.同様の砕屑性クロリトイドは,これまで南部北上帯および美濃帯のジュラ系のみから得られている.また,先ジュラ系において変成クロリトイドは,日本列島のペルム紀—三畳紀の中圧型変成岩である飛騨,宇奈月,竜峰山および日立変成岩にのみ産出が知られていることを文献調査により明らかにし,これらの変成岩は中央アジア造山帯と北中国地塊の衝突帯で形成されたと推定した.さらに,クロリトイドは大陸地域の古土壌が変成作用を被って形成されると考えられので,日本のクロリトイドを含む変成岩は石炭紀—ペルム紀の受動的大陸縁の堆積物を原岩として形成されたと類推した.以上から,著者らはペルム紀に火山弧に位置していた古日本列島は,その後三畳紀に中圧型の変成岩が形成される衝突帯となり,ジュラ紀になって削剥が進み,クロリトイドが砕屑物として供給されるようになったという,ダイナミックな地質構造発達史を構築した.引用文献だけでも8ページに及ぶ本論文は,広く日本列島のジュラ紀の地層を文献調査した意欲的なレビュー論文でもある.これらの膨大な作業により数粒のクロリトイド粒子から日本列島の地史について大胆な推論を描き出した本論文は,地質学が大変夢のある研究分野であることを示した.以上のような優れた成果を挙げた上久保 寛会員は研究奨励賞に値する.

 

 

受賞者:武藤 潤(東北大学大学院理学研究科地学専攻)
対象論文:武藤 潤・大園真子, 2012, 東日本太平洋沖地震後の余効変動解析へ向けた東北日本弧レオロジー断面. 地質学雑誌, 118, 323-333.

   本論説は,地殻変動の理解に不可欠な地殻とマントルのレオロジー構造を推定し,東北日本の変動現象,特に大地震後の余効変動との関わりについて,定量的視座を提供する包括的研究である.具体的には,まず東北日本弧横断方向の2 次元レオロジー強度断面を,地震波速度構造,地殻熱流量,測地学歪データ等の地球物理学的観測,岩石−温度構造モデル,および近年の実験岩石力学の結果に基づいて推定した.さらに,得られた強度断面と,地震前後の擾乱から推定される応力変化量に基づき,東北日本弧の粘性構造を推定し,余効変動解析に重要な弾性層厚と粘性率が島弧横断方向に著しく不均質である可能性を指摘した.これらの成果は,沈み込み帯の地震サイクル,特に巨大地震の再来周期を評価する際の基礎となり,地質学にとどまらず地震学,測地学および地震防災対策等にも貢献するという点で社会的にも重要な優れた知見である.よって武藤 潤会員は研究奨励賞に値する.

 

 

日本地質学会表彰

受賞者:西岡芳晴(産業技術総合研究所地質情報研究部門)
表彰業績:シームレス地質図配信システムの構築

   20 万分の1 日本シームレス地質図は、日本全体を統一凡例で繋ぎ目なく表した最も大縮尺のデジタル地質図である.西岡芳晴会員は,最新のインターネット技術を積極的に導入し,当該地質図の高速で地質情報に適した配信技術を独自に開発した.とくに,画像タイル配信技術「スマートタイル」を用いたWeb サイトでは,高速で直感的な操作性を実現するとともに,画像配信にもかかわらず,あたかも凡例ごとの検索表示のような操作性を実現しており,他国の地質図配信システムと比較しても,群を抜いて優れたシステムである.これによって,大学・地質コンサルタント業界のみならず,一般の地質に興味ある方々などにも利用者層を大きく広げた.当該地質図は,使い勝手の良さから,現在,日本の地質を理解する上でなくてはならないものになっており,アクセス数は2013 年までの3 年間でおよそ20 倍に増加している.西岡氏の研究開発は,地質図の活用場面を飛躍的に広げ,地質学の社会への普及に大きく貢献しており,日本地質学会表彰にふさわしい.