沈み込み帯編成作用の広がりの追究

2018年度日本地質学会柵山雅則賞

遠藤俊祐(島根大学総合理工学部)  
 

はじめに
このたびは柵山雅則賞という栄誉ある賞をいただき誠にありがとうございました.これまでお世話になりました先生方,個性的で優秀な先輩・後輩・共同研究者のみなさん,に御礼申し上げます. 私の研究内容は,沈み込み帯内部のプロセスを高圧変成岩や付加体岩石の観察から読み解くことです.沈み込み帯というのは深部でも冷たい場所であるため,実際に起こっている鉱物反応や平衡状態を実験室のタイムスケールで再現できない問題があります.だからこそ天然のデータ,フィールドに根差した岩石学が重要になると考えています.今回は自己紹介として,三つの時期の話をします.子供の頃に鉱物に興味を持ったのがこの道に進むきっかけでした.それから名古屋大学理学部に入学し,岩鉱研究室に配属後は学位をとるまで,エクロジャイトの研究をしました.その後,産総研に移り,高知県北部「本山」地域の地質図幅作成を通してフィールドの重要性を再認識するとともに,沈み込み帯の岩石を幅広く研究対象にするようになりました. 

子供の頃の鉱物研究
幼稚園年長〜小学生低学年の頃に綺麗な(今見るとそれほどでもない)大理石や図書館で図鑑(原色鉱石図鑑,続原色鉱石図鑑)をみて鉱物に興味を持ちました.また子供のころに大きな影響を受けた人物として,世界的鉱物コレクターの桜井欽一先生がおられました.桜井先生が亡くなる前の2年間ほど,私が9〜10歳のころ,多くの鉱物標本や毎回便箋6-8枚に及ぶ分厚い手紙をもらい,鉱物の知識や観察眼を養うことができました.また,鉱物に心ひかれたのは結晶の美しさという点が大きく,面角測定器を自作し実体顕微鏡に組み合わせて色々な鉱物の結晶形態を調べました.図1は苗木ペグマタイトの蛍石を調べた例ですが,最初に8面体,その後晶洞の温度が下がって複雑な面をもった結晶がオーバーグロースしています.8面体結晶は希土類を含み紫外線で蛍光するため,微量元素も晶相変化に関係しているかもしれません.おぼろげながら結晶形態が形成条件を反映していることを知り,面白いと思っていました.また美しいものは過不足のない図で表現されなければいけない,という信念を持つきっかけになりました. 
 

図1(クリックすると大きな画像がご覧いただけます) 図2(クリックすると大きな画像がご覧いただけます)

名古屋大学でのエクロジャイト研究
その後,名古屋大学理学部に入学しました.3年後期に研究室配属があり,岩鉱研究室に進み,それから6年間同じ研究室でお世話になりました.当時は指導教官のサイモン・ウォリス先生と榎並正樹先生が教員としておられました.研究室配属されて最初にゼミで英語論文紹介があり,ローソン石エクロジャイトの論文を読みました.沈み込み帯深部へ水や微量元素を運ぶローソン石の面白さや低温で高圧な世界に魅せられ,高圧変成岩の世界を究めたいと思いました.卒論ではエクロジャイトのLu-Hf年代の解釈という,とっておきのテーマをウォリス先生からもらいました. Lu-Hf法はざくろ石の結晶化年代を高精度に決定できるメリットがあります.三波川エクロジャイトはなぜか116Maくらいの古いものと約90Maの新しいものがありました.卒論の段階で古い年代はざくろ石のコアを反映していると分かりました.三波川エクロジャイトには二タイプあります.五良津岩体など,粗粒な岩体の中に産するものと,その周囲のエクロジャイト質片岩があって,古い年代が出るのは粗粒の岩体だけでした.古い年代の解釈を求め,大学院進学後に西五良津岩体でフィールド調査を始めました.関川から赤石山系稜線沿いの標高差1000 mを登ると,日帰り調査では岩体中心部に踏み込めないので,ツェルトで1~2泊ビバークする気ままな調査を始めました.稜線付近は本当に険しく,尾根に這い上がるまで生きた心地がしなかったが,調査登山にはまっていました.フィールドデータはとるが,リュックに大ハンマー,寝袋と数日分の水食糧を入れて体力がない自分の体を持ち上げることを考えると,持ち帰るサンプルは数個に留めます.持ち帰った石は,いけると思ったら石なら20枚くらい薄片を作って,徹底的に組織観察しました.そうするうちに,岩石組織にはフェイクがものすごく多く,解釈はとにかく慎重に,疑ってかからないといけないことに気づかされました.それでも確からしいことは,ざくろ石は二段階成長していて,コアにだけ低圧を指標する斜長石,リムにだけエクロジャイト相を指標するオンファス輝石,のインクルージョンがあるということです(図2).それで,エクロジャイト変成の前に,別の変成作用があることを確信し,あとは岩石学的手法を駆使して定量的にP-Tパスを描きました.また地質温度圧力計やシュードセクション法など,解析手法に関しては,原理と限界をわきまえて効果的に利用することが重要です.結果としては,エクロジャイト変成の前に,高温沈み込みからより冷たい沈み込みへの移行を示す,反時計回りP-T履歴があり,その年代が古い年代に対応していて,前期白亜紀117 Ma頃に沈み込み開始イベントがあったと考えました.この考えは今でも間違っていないと思っており,より多くの地質学的証拠をそろえて三波川沈み込み帯創成期のテクトニクスをより詳細に明らかにしたいと考えています. 
 

 
図3(クリックすると大きな画像がご覧いただけます)  

付加体の低温変成作用の研究
ウォリス先生の指導の下,三波川帯とグァテマラのエクロジャイトの比較研究で学位をとり,フィールドに根差した沈み込み帯の変成作用とテクトニクスをより広く追究していきたいと考えていました.なんとなく読んだR.C. Newton博士のGeo-experimental methodという言葉(American Mineralogist, vol. 96, p. 457-469)が気に入り,こういう研究は低温変成(弱変成)作用でこそ威力を発揮するはずです.名古屋大を出た後,ポスドクとして産総研の地殻岩石研究グループへ移りました.沈み込み帯の低温変成作用を本格的にやるために広域かつ長期のフィールド調査ができる図幅は理想的だと思い,また秩父帯北帯の非変成付加体から高変成度の三波川まで一通り露出する「本山」地域という格好のフィールドが未整備区画として残っていました.産総研でなんとか研究職員に採用され,念願の「本山」図幅を開始しました.1/5万図幅の面積はとにかく広大で,効率よく歩いて,毎日最低10 kmのルートマップを作ることを200日余りで一つの図幅ができました.ルートマップを一直線につなげれば,札幌からだと九州まで行ける距離です.四国山地は南斜面に背丈以上に繁茂するスズタケの海に苦戦したり,走向方向にどこまでも続く苦鉄質片岩の崖を越えれなかったり,広域の調査の経験は得難いものとなりました.「本山」地域の低温変成作用について,秩父帯北帯には従来考えられていたより広範に変成鉱物が見つかり,私の出身地の地質である美濃帯付加体とはだいぶ様相が異なることを実感しました.ひすい輝石を含むアルカリ火成岩や,アルカリ角閃石を含む真っ青な玄武岩火山角礫岩(穴内マンガン鉱床群の母岩)は特に印象的でした.秩父帯北帯の付加体は三波川変成岩をつくった沈み込み帯の上盤に位置したことで一部が上昇期に三波川変成作用のオーバープリントを受けていてその南限が大規模な正断層になっていることがわかりました(図3).一番驚いたのは三波川変成の及んでいない非変成付加体(メランジュ)の玄武岩中に高圧変成鉱物のローソン石脈が非常に普遍的にみつかったことです.これまで,低圧指標のぶどう石があるということは知られていて,同じような白脈で気づかれなかったようですが,実際にはローソン石の方がたくさんあります.ローソン石脈のローソン石は特徴的な組織をもっていて,電顕画像を見て,ローモンタイトという沸石の仮像だと直感しました.まずローモンタイト脈ができ,そうしたものが沈み込むと脱水分解してローソン石+石英になる.この反応は250℃,深さ12kmというプレート境界地震発生帯に相当する条件で起こります.このプロセスは現在も研究中ですが,低温では沈み込む変質海洋地殻は玄武岩組成の系で反応が起こるのではなく,局所的な単純系の反応が起こっているようです.玄武岩系ならこんな低温で脱水は起こらないはずですが,実際には局所系の反応で局所的に脱水が起こり得る,ということです.予想できないことが天然で起こっていることに気づかされるのが低温変成作用を調べる面白さかと思います.

最後に
私はこれまで良い環境で自由に研究を続けることができました.名古屋大でのウォリス先生,産総研での宮崎一博さんを始め,これまでお世話になりました方々に改めて御礼申し上げます.今後は島根大学の学生とともに,沈み込み帯の変成作用とテクトニクスの追究を続けたいと思います.



(注)本原稿は,20108年度日本地質学会各賞の受賞記念講演・スピーチ(2018/9/5於北海道大学)のないようを基に各講演者の皆様に原稿をご執筆頂き,日本地質学会News Vol. 21, No. 12(2018年12月号)p.12-13に掲載されたものです.