「GSSPシンポジウム:国際層序の意味と意義」報告


日本地質学会会員
石渡 明,北里 洋,天野一男
齋藤 眞,斎藤文紀,岡田 誠
羽田裕貴,松岡 篤

 
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このシンポジウムは日本地質学会の主催、産総研地質調査総合センターと日本古生物学会の共催で2019年11月23日(土)13:00-17:30に産総研つくば中央の共用講堂で行われた。当日は雨の中、約80人が参加した。GSSPとは、Global boundary Stratotype Section and Point(「国際境界模式層断面とポイント」)のことで、今話題のチバニアンは、地球全体の新生代第四紀の中期更新世/前期更新世境界のGSSPを、千葉県市原市(いちはらし)田淵の養老川沿いの上総(かずさ)層群国本(こくもと)層の露頭に設定し、これまで名前がなかった中期更新世の時代を「チバニアン」と名づけるものであり、国際地質科学連合(IUGS)は2020年1月17日に釜山で開催された会議でチバニアンのGSSPを正式に決定した。なお、IUGSの地質年代表は、
http://www.geosociety.jp/uploads/fckeditor//name/ChronostratChart_jp.pdf
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にある(和文/英文、2019年5月版)。

本シンポジウムのプログラムは次の通りである。
第1部    国際層序について
  • 開会あいさつ  松田博貴(日本地質学会会長)
  • 北里 洋  国際層序とは(地質学の歴史と現在の国際的状況)
  • 天野一男  日本における国際層序への取り組み
  • 齋藤 眞  地質学に関する国際標準の国内への適用
第2部    年代層序単元・地質年代単元とGSSP
  • 斎藤文紀  第四系のGSSPと細分:チバニアンや人新世
  • 岡田 誠  新たなGSSPの提案:「千葉セクション」
  • 羽田裕貴  千葉複合セクションから明らかになった地球環境変動
  • 松岡 篤  中生界のGSSPがなかなか決まらないのはなぜか
  • 総合討論  磯行雄(司会) 閉会あいさつ 西 弘嗣(日本古生物学会会長)

北里 洋はIUGSの財務理事を務めている。地質学は長大な時間の流れの中で地球の歴史を扱うユニークな自然科学である。IUGSは、100万人に及ぶ世界の地質学関係者を代表して、あらゆる分野の地質科学の振興と発展を促している。その一つとして地質時代の標準化がある。中期更新世の基底の境界を日本に置こうという提案に象徴される、地質時代の定義とその境界基準の策定が好例である。地球の歴史を読み解く際の基本である層序の編纂に欠かせない地層命名規約はIUGS 傘下の国際層序学委員会で策定しているが、日本では1952年にそれに準拠した地層命名規約を作っている。これは世界で3番目のことであった。

天野一男は、日本地質学会による訳本「国際層序ガイド」の出版と「日本地質学会地層命名の指針」の策定について報告するとともに、「第三紀問題」を取り上げた。第一紀(ほぼ古生代に相当)・第二紀(ほぼ中生代に相当)は100年以上前に抹消されたが、第三紀は1968年に英国で非公式名称とされ、1989年には米国でも非公式名称とされた。そして2009年に国際層序委員会で第三紀が正式に地質時代表から抹消されたが、日本では「新第三紀」(Neogene)、「古第三紀」(Paleogene)という形で第三紀という名称が残っている。「新成紀・古成紀」、「新獣紀・古獣紀」という名称の提案もあったが、まだ採用されていない。また「第四紀」については,2009年に下限が変更になり、鮮新世に含められていたGelasianを第四紀に含めるようになった。

藤 眞は地質図に関する日本産業標準(JIS)であるJIS A0204とJIS A0205の2019年3月の改正について解説した。またこれらのJISが当初からISOや国際年代層序表などの国際基準に基づいて作成されてきた経緯についても述べた。これらJISは、公共事業等では強制標準として扱われるため、そういう方面に進む学生には知っておくべき事であることも述べられた。

斎藤文紀によると、完新世/更新世境界はグリーンランドの氷床コア(掘削試料)にGSSPが設定されたが、日本の福井県の水月湖の堆積物コアが副模式標本として採用された。これは「副」ではあるが、日本の地質層序がGSSPに採用された最初である。2018年に完新世の3期区分とその名称が決定され、下からGreenlandian, Northgrappian, Meghalayanになった。各期の開始年代は11.7, 8.2, 4.2千年前(ka)である。Meghalayanの基底は、インドの鍾乳洞の鍾乳石の中にGSSPが打たれた。この時期以後の寒冷化により世界中で多くの文明が消失し、日本で青森県の三内丸山遺跡の縄文時代集落が消滅したのもこの頃である。また、更に新しい地質時代として、西暦1950年頃を境界としてそれ以後を人新世(Anthropocene、または人類世)とする提案が準備されており、そのGSSPの候補地の1つとして日本の別府湾が検討されている.
(質問に答えて)チバニアンの1つ後の時代である後期更新世も、まだ時代名とGSSPが決まっていないが、国際的にこのGSSPの検討は動きが鈍く、(広域火山灰層が多くて有利な)日本からの提案も今のところない。

岡田 誠はチバニアン提案グループの代表である。千葉セクションおよび周辺地層の平均堆積速度は2m/1000年と速く、そのためGSSP申請に必要とされた海洋同位体ステージ20-18をカバーする5万年間の詳細な層序データを得るためには、1つの露頭では無理で、複数の近隣露頭を合わせた複合セクションにならざるを得ない。チバニアンの基底層準は房総半島の多くの地点に露出しているが、最も広範囲に露出しアクセスのよい場所が、養老川沿いの千葉セクションである。「チバニアン」の語は、ストレートな命名であるチビアンでは日本語的に違和感があるため、二重形容詞格を用いたチバニアンの名称で提案している。同様な語法を採用した地質時代名は他にないが、パナマ人をPanamanではなくPanamanianと呼ぶ例がある。
(質問に答えて)GSSPのゴールデン・スパイク(金釘)は肉眼的に明瞭な地層境界に打つことになっており、チバニアンのスパイクは白尾(びゃくび)火山灰層の基底に打つ予定である。逆から正への地磁気逆転境界はこの層準より数m上(露頭最上部)にある。

●羽田裕貴によると、チバニアン露頭の層準を含むMIS(酸素同位体ステージ)19は、過去100万年間で軌道要素の条件がMIS1(完新世〜現在)に最も類似し、今後の気候変動の予測にMIS19の研究が重要である。MIS19では温暖期が約1万年で終了したので、既に温暖期が1万年以上続くMIS1でも、人為的な影響がなければそろそろ寒冷化して氷期に入る可能性も考えられる。

●松岡 篤は国際ジュラ系層序小委員会のvoting memberを務めている。中生界のGSSP設定率は古生界や新生界より低く(図1)、ジュラ系/白亜系境界にもまだGSSPが設定されていない。国際白亜系層序小委員会のBerriasianワーキンググループは、白亜系の下限をヨーロッパから中米にかけての当時の低緯度海域に分布が限られるカルピオネラという浮遊性微化石のアクメ帯(注)の下限とすることを決定し、その基準をもちいてGSSPの候補としてフランス南部のセクションを推薦している。この取り扱いについての大きな問題は、カルピオネラが太平洋地域からは全く産出しないことと、アクメ帯(注)の下限という化石帯境界が、どの程度に同時性を保持しているかがわからないことにある。さらに、白亜系の基底をBerriasianにするのかValanginianにするのかについても議論が続いている。中生界の各系のvoting memberは圧倒的に欧米の出身者が多く、アジア人は少ない。「国際」と言っても、欧米中心の議論になっており、GSSP設定に関して重要な意味をもつ国際会議は、ほとんどが欧米で開催されている。また、このような国際会議へのアジアからの出席者の数はきわめて少ない。
(注:定義にかかわる分類群が多産する層位範囲で規定される化石帯)
図1.地質時代の期の数とGSSP数の変化(石渡原図)。各年のIUGSの地質年代表に基づく。中生代のGSSP設定率は古生代や新生代より低い。注:「期」がない「世」は1期と数え(シルル紀プリドリ世と2018年以前の完新世)、カンブリア・オルドビス紀の無名期も各々1期と数える。なお、2019年のGSSP数はチバニアンを含まない。


総合討論
最後の総合討論では下記のような討論が行われた。
  • Q:チバニアン露頭を含む1/5万地質図「大多喜」は未刊行だが?
  • A(産総研):数年後の出版を目指して努力している。油田ガス田図等は刊行済みである。
  • Q:チバニアンは日本の地名なのだから、日本では「千葉期」と呼ぶべきではないか?
  • A(岡田):確かにその方が国内的に地質学への興味喚起を行う上でよいかもしれないが、地質学会では「チバニアン期」といった呼び方をすることを決めている。今後の議論が必要である。
2020.1.20掲載