昇仙峡は黒富士が造った?:「地質図Navi」と「地理院地図」で楽しむ四次元の旅(前編)


正会員 高山信紀

まえがき

本記事は,山梨県甲府市北部に位置する昇仙峡,野猿谷, 大滝と仙娥滝(図-1,図-2)の成り立ちについてのアイデア とそれに基づいて机上で検討した内容を述べたものである. 検討は,産総研地質調査総合センターウェブサイト「地質 図Navi」,国土地理院ウェブサイト「地理院地図」と書籍 やインターネットで公開されている文献により行った.
 昇仙峡は,花崗岩の中を富士川水系荒川が流下し,仙娥滝 など美しい渓谷で国の特別名勝に指定されている.昇仙峡上 流の荒川本流にはV字谷の野猿谷が,荒川支流の板敷渓谷に は高さ約30mの大滝がある.また,昇仙峡の北には,黒富士 火山の溶岩円頂丘の一つである黒富士(標高1,633m)があ る.黒富士火山は,デイサイト質の火山で,約100万年前〜 約50万年前(更新世カラブリアン〜チバニアン)に活動し, 周辺には多量の火砕流堆積物が分布している 1),2),3),4) .周辺の地質概要を図-1に示す.
 

図-1 周辺地質概要

図-2 現在の荒川と
黒富士火砕流前の「旧荒川」

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1. 検討のきっかけ

(1)巡検と黒富士登山
 2018年6月,筆者(地形,地質に 興味を持つ元土木技術者)は,日本地質学会中部支部の地 質巡検「南部フォッサマグナ北縁地域の変動地質」(案内 者;山梨大学の福地龍郎氏) 5) に参加した.韮崎岩屑流の 台地から釜無川の穴山橋(図-1)に下りる途中の崖に白い 堆積物があった(写真-1).同行の方に伺ったところ,「こ れは黒富士の軽石である.黒富士という名前はある所から 眺めると富士山の傍らに黒い富士のように見えることから 名付けられたようだ.」と教えて頂いた.軽石の白と名前の 黒のコントラストが心に残り,行ってみたいと強く思った.
2019年5月,友人達と1泊2日の行程で黒富士に登った.初 日は,甲府駅からバスで昇仙峡に行き,徒歩で昇仙峡(写 真-2),荒川ダム,大滝(写真-3),野猿谷を遡り,燕岩(黒 富士を中心とする放射状岩脈のうちの一つで国の天然記念 物)を見学し,近くのマウントピア黒平に宿泊した.翌日, 黒富士峠に登り,雪が残る八ヶ岳,北アルプス,南アルプ スの山々,白く輝く富士山とその傍らの黒富士(写真-4) を眺め,黒富士に登頂した.その後,亀沢川に沿って下り, 草鹿沢沿いを上り,峠を経て金桜神社を参拝し,御岳川に 沿って昇仙峡に戻った(図-1).
 

写真1 韮崎岩屑流(白い層の上)と黒富士の軽石(白い層)

写真2 昇仙峡

写真3 大滝

写真4 黒富士峠からの黒富士と
富士山

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(2)昇仙峡形成のアイデア

黒富士登山から戻り,「地質 図Navi」を使って5万分の1地質図「御岳昇仙峡」 2) で黒富 士火砕流の分布を確認している時,水ヶ森火山岩の窪平泥 流堆積物(図-1,図-2のMm)が板敷渓谷上流,荒川ダム下 流,御岳川上流,草鹿沢,亀沢川に分布していることに気 づいた.一般に,泥流は河川に沿って流下すると考え,当 時の荒川は御岳川から草鹿沢,亀沢川に流れていたが,黒 富士火砕流で堰き止められて昇仙峡に流れを変えたのでは ないかとのアイデアが浮かんだ.

(3)野猿谷形成の友人のアイデア
このアイデアを一緒に 黒富士に登った友人に伝えた数日後,返信のメールが来た.  「荒川上流で目を引く地形は野猿谷の峡谷です.その斜面は 両岸共に45〜50°と急で,谷の断面は典型的なV字を成してい ます.この峡谷は,ある事件の結果荒川が流路をここに定め て激しく下刻して出来た可能性があります.その事件は黒富 士火砕流です.この火砕流により黒平付近から猫坂の西方に 流れていた旧荒川が猫坂付近で堰き止められ,現在の野猿谷 にあった鞍部から水があふれ出したと考えました.」(図-2).
 筆者は漠然と野猿谷は黒富士火砕流以前から存在してい たと思っていたので,このアイデアは目から鱗であった. 黒富士火砕流前の荒川を「旧荒川」,板敷渓谷から旧荒川に 合流していた河川を「旧板敷川」と記す(図-2).

(4)層雲峡にて
2019年7月,上記のメールを受けた翌週, 筆者は,大雪山国立公園の黒岳に登った後,層雲峡ビジタ ーセンターを訪れた.そこで,約3万年前,御鉢平カルデラ の火砕流が石狩川を堰き止め巨大な湖ができ,まもなく湖 水があふれ出して侵食により層雲峡が形成されたことを知 った(北海道上川振興局ウェブサイト「大雪ものしり百科: 自然編 大雪山の歴史」).黒富士火砕流による「旧荒川」堰 き止めのアイデアと同じようなことが層雲峡で起こってい たのだ!北海道の旅から戻り,このアイデアが成り立つか 検討を始めた.主な検討内容を以下に述べる.
 

2. 検討内容

図-3 「旧荒川」の横断面(想像)

図-4 鞍部の断面

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(1)昇仙峡の形成

昇仙峡の形成を以下のように考えた. 水ヶ森北部にあった山体が崩壊し泥流となって板敷渓谷か ら駆け下りた.当時は昇仙峡は無く,泥流は,花崗岩山体 に行く手を阻まれて一部は山体を駆け上がり,当時の河川 (「旧板敷川」)に沿って現在の御岳川から草鹿沢,亀沢川へ 流下し,その周辺に堆積した(窪平泥流堆積物).その後, 黒富士火砕流が「旧荒川」を堰き止め,花崗岩山体が流れ を阻み昇仙峡上流に堰止湖が生じた.まもなく(数年程度) 花崗岩山体の鞍部から湖水があふれ出し,花崗岩の侵食が 促進され,縦方向の割れ目に沿って岩が崩落して昇仙峡の 峡谷が形成され,荒川の流路変更が起こった.池田は,尖 峰の形成に,花崗岩の性質のうち,とくに割れ目の間隔が 重要な影響を与える 6) と述べている.(図-2)
 三村らは,「黒富士火砕流堆積物は大きく5層に分けられ, 各層相互の間には火山活動の休止期を明瞭に指示する湖沼 堆積物が挟在する」 2) ,「最初の活動を示す火砕流堆積物は 1.0Ma,そして山頂の溶岩円頂丘群は0.5Maである.この間 に大規模な火砕流の流出時期は時間間隙を挟んで5回を数え る.したがって,黒富士火山における規模の大きな火砕流 の流出は,単純に計算すると約10万年毎に繰り返されたこ とになる.」 3) と述べている.以下,黒富士第1期火砕流〜 第5期火砕流を「K1火砕流」〜「K5火砕流」と記す.
 地形図と5万分の1地質図「御岳昇仙峡」によれば,御岳 川と草鹿沢の間は標高約900m以上の尾根で,「K3火砕流」 が広く分布し,峠(図-2,標高約910m)より北では「K2火 砕流」が標高約920mまで分布している.堰き止め箇所の横 断図(想像)を図-3,房┐后覆覆,「旧荒川」のルートと 縦断面は(3)に後述する).「旧板敷川」の堰き止めは「K2 火砕流」による可能性が高く,遅くとも約80万年前の「K3 火砕流」により確実に行われたと推定した.
 堰き止められた水があふれだした花崗岩山体の鞍部は, 現在の荒川の流路付近で,その標高は約900m以下と考えた. 現在,標高900m以上の箇所は,峡谷の右岸では羅漢寺山 (標高1,058m)周辺だけであり,その対岸にも標高900m以上の尾根があるので,鞍部はこれらの間にあったと推定し た(図-2,図-4(a)).現在の河床には仙娥滝(河床標高約 670m,「地理院地図」の断面図機能を使用)があり,下刻 量は最大約230mとなる.


(2)野猿谷の形成
(1)で述べた昇仙峡と似たことが野猿 谷周辺でも起こった.猫坂(標高約1,130m)付近は黒富士 から四万十層群山体につながる標高1,100m以上の尾根(最 低標高は約1,110m)で,「K3火砕流」などが分布するほか, 局所的ではあるが最低標高あたりには「K2火砕流」が分布 している(図-2,図-3◆法イ海譴茲蝓で坂付近における 「旧荒川」の堰き止めも,昇仙峡と同様,約90万年前の「K2 火砕流」による可能性が高く,約80万年前の「K3火砕流」 では確実であると考えた.
 堰き止められた水があふれだした四万十層群山体の鞍部 は,標高約1,100m以下で,現在の野猿谷左右岸の高所を結 ぶ箇所にあったと考えた(図-2,図-4(b)).現在,そこは 標高約830mの河床となっており,下刻量は最大で約270m となる.ところで,野猿谷の中間部に大きい屈曲がある (図-2).何故屈曲しているのだろう?局所的な地質の違い かもしれないが,野猿谷が出来る前に四万十層群山体の鞍 部をはさんで北に下る沢と南に下る沢が平面的に少しずれ て存在していたが,鞍部が侵食・下刻されて両方の沢がつ ながり屈曲部となったと想像した.
 野猿谷のV字谷はどのようにして出来たのだろうか?文献7)を基に以下のように考えた.四万十層群山体の侵食に 対する抵抗性が強く,かつ左右岸ほぼ同じで,また,四万 十層群の走向傾斜 2) が左右岸の一方が受盤,他方が流れ盤 という状態ではない.このため,下刻に伴い左右岸対称の V字谷となった. (後編へ続く)
 

参考文献

  • 1) 三村弘二(1967)黒富士火山の火山層序学的研究, 地球 科学 21巻3号
  • 2) 三村弘二・加藤祐三・片田正人(1978)5万分の1地質 図幅「御岳昇仙峡地域の地質」, 地質調査所
  • 3) 三村弘二・柴田賢・内海茂(1994)黒富士火山と甲府盆 地北方に分布する火山岩類の火山活動とK-Ar年代, 岩 鉱
  • 4) 尾崎正紀他(2002)20万分の1地質図幅「甲府」, 産 業技術総合研究所地質調査センター
  • 5) 福地龍朗,鈴木俊(2018) 2018年中部支部年会・シンポ ジウム・地質巡検報告, 日本地質学会News Vol.21 No.8  支部コーナー
  • 6) 池田 碩(1998)花崗岩地形の世界p126, 古今書院
  • 7) 小口 高(2015)東アジアの山地におけるV字谷の地形 学的特徴と形成要因の研究, 科学研究費助成事業研究 成果報告書
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後編では,「旧荒川」,「旧板敷川」のルートと縦断 面,大滝,仙娥滝の成り立ちについて述べる.(8月掲載予定)

(2020.7.31掲載)