昇仙峡は黒富士が造った?:「地質図Navi」と「地理院地図」で楽しむ四次元の旅(後編)


正会員 高山信紀

前編に引き続き,後編では,「旧荒川」,「旧板敷川」のルートと縦断面,大滝,仙娥滝の成り立ちについて検討した内容を述べる.
 

検討内容(続き)

(3) 「旧荒川」,「旧板敷川」のルートと縦断面 
 「旧荒川」と「旧板敷川」のルート(想像)を図-5のように設定した.「旧荒川」は黒平付近のA地点から「旧板敷川」との合流点B地点を通り千秋橋(C地点)に至り,「旧板敷川」は野猿谷との合流点D地点から御岳川のE地点を経てB地点で「旧荒川」に合流するとした.これらの地点での旧河床の標高を以下のように考えて繋ぎ「旧荒川」と「旧板敷川」の縦断図(図-6)を作成した.また,黒富士火砕流堆積前の等高線を,A〜E地点の標高および現在地表に露出している四万十層群,花崗岩,水ヶ森火山岩の標高より図-5のように想像した.
 黒平付近では黒富士火砕流が線状に分布している2)(図-5).これは「旧荒川」のルートだと考え(図-3;前編参照),その標高は「K1火砕流」の底面よりA地点(図-5)で約1,020mとした. 荒川下流では,千秋橋(図-1;
前編)の河川敷(標高約260m,「地理院地図」の断面図機能を使用)で行われたボーリング8)で,黒富士火砕流が標高約+118m〜約-121mに堆積しており,「旧荒川」のルートは千秋橋(C地点)までとした.
 現在の荒川下流の右岸に,わずかではあるが水ヶ森火山岩(片山溶岩)が分布している2)(図-5).この付近は黒富士火砕流とそれ以前の山体の境界に位置し,現在の荒川によって片山溶岩山体が浸食されたのだろう.現在の亀沢川の中・上流部も黒富士火砕流とそれ以前の山体の境界に対応し,亀沢川沿いで黒富士火砕流以前の四万十層群,花崗岩,水ヶ森火山岩の岩体が露出するのは,「旧荒川」による侵食ではなく黒富士火砕流後の亀沢川による侵食だと想像した(図-5).なお,「旧荒川」の流路は甲府盆地では網状だったかもしれず,千秋橋(C地点)は「旧荒川」の氾濫原だったのかもしれない.
 御岳川のE地点では標高800mに「K1火砕流」の底面があり,これを「旧板敷川」の河床標高とし,その下流の「旧荒川」・「旧板敷川」合流点(B地点)の標高は約750mとした.「旧板敷川」の野猿谷合流点(D地点)(図-5)の標高は,板敷渓谷の遷急点に着目し,遷急点は野猿谷の形成が始まったことにより渓谷の下流から下刻が進んで形成されたと考え,遷急点より上流の河床勾配(9.6%)を下流に延長し約930mとした(図-6◆法
 ところで,本地域は甲府盆地から北に向かうほど隆起速度が大きい9).過去約10万年の隆起速度9)を100万年に外挿し,隆起速度地点(図-5)西方の「旧荒川」の標高(想像)から100万年間の隆起量を減じてプロットすると,概ね一本の直線近傍に並ぶ(図-6).この直線を隆起量を減じた100万年前の「旧荒川」と想像すると,「旧荒川」は千秋橋上流約4.5kmあたりを支点とした右上がりの隆起・沈降のシーソーのように見える.また,直線を時計(この図は右側が隆起なので反時計回り)の針と見なすと,時計が正確(隆起速度が等速度)なら隆起・沈降は約190万年前頃に始まったことになり,時計が進んでいる(隆起速度が加速10)している)のなら隆起開始はもっと前かもしれない.疑問,興味が膨らんでいく.

図-5 黒富士火砕流前の
「旧荒川」のルート(想像)
図-6 現在の荒川と
黒富士火砕流前の「旧荒川」の縦断面

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(4) 大滝の成り立ち 
 板敷渓谷の大滝はどのようにして,何時できたのだろうか?板敷渓谷と野猿谷は同じ四万十層群なのに板敷渓谷には大滝があり野猿谷に滝が無いのは何故だろうか?
 野猿谷は板敷渓谷より流量,砂礫とも多いので下刻が進み11),12),板敷渓谷との合流点で野猿谷の河床が板敷渓谷より低くなって滝が形成され,滝は板敷渓谷を後退し現在の大滝になったと考えた.大滝の形成が始まった年代を「滝の後退速度の式」13),14),15),16), 17)で試算した.


D:滝の後退距離(m),T:滝の後退の継続時間(y),A:流域面積(k屐法P*:流域の年平均降水量(mm/y),W:滝の幅(m),H:滝の高さ(m),ρ:水の密度(kg/㎥),Sc:基礎岩盤の一軸圧縮強度(N/屐法イ燭世AP*は流量の単位(㎥/s)に換算.
 

 大滝は,A:6.9 k屐福崔詫院地図」の面積機能を使用),W:3m(仮定),H:32m(「地理院地図」の断面図機能を使用),ρ:1,000kg/㎥とした.一軸圧縮強度Scは,三村ら2)が本地域の四万十層群は頁岩を主体とし随所に砂岩頁岩互層及び砂岩を挟むと述べており,頁岩の一軸圧縮強度の文献18)を参考に,150M N/屬伐渉蠅靴拭ノ域の年平均降水量P*は,関東整備局ウェブサイト「地形・地質・気候(山梨県)」の富士川上流の年間降水量1,000mm〜1,500mmを参考に間氷期は1,200mm/y,氷期は間氷期の半分19)の600mm/y,氷期・間氷期を通じた年間平均降水量を900mm/yと仮定した.大滝の後退速度を上記の式の右辺より求めると約14mm/yとなった.また,Dを400m(野猿谷・板敷渓谷合流点から約400m上流に位置.距離は「地理院地図」の距離機能で計測,以下同様)とすると,大滝の形成年代は約3万年前(400m/14mm/y)となる.
 野猿谷・板敷渓谷合流点での下刻について検討してみた.現在の野猿谷・板敷渓谷合流点の標高を約790m,大滝の高さを約30mとし,約80万年前(「K3火砕流」による堰き止め)の合流点標高を約930mとした(前述(3)).約77万年で標高約930mから標高約820m(現在の河床標高約790m に滝の高さ約30mを加算)まで約110m下刻され,約3万年で標高約820mから約790mまで約30m下刻された考えると,滝の形成後の下刻速度は約1.00mm/yとなり滝の形成前の約0.14mm/yより著しく大きい.これについては以下のように考えた.約3万年前までは野猿谷と板敷渓谷の下刻速度は同程度(約0.14mm/y)であったが,約3万年前に野猿谷上流の堰止湖が消滅して大量の砂礫が野猿谷を流下し始めるとともに昇仙峡の堰止湖も消滅して荒川の流速が増大して,野猿谷の下刻速度(約1.00mm/y)が板敷渓谷に比し著しく大きくなった.

(5) 仙娥滝の成り立ち
 仙娥滝の後退速度を,大滝と同様に試算した.仙娥滝は,A:79.5k屐文什澆琉銘屬濃郢察法P*:900mm,W:10m,H:26m,ρ:1,000kg/㎥とし,一軸圧縮強度Sc:190MN/屐癖幻20)を参考に仮定)とした.その結果,後退速度は約37mm/yとなった.
  仙娥滝の形成を以下のように想像した.現在,花崗岩が分布している最下流(仙娥滝下流約5.7km,図-5のQ地点)に,「K4火砕流」(約70万年前)で覆われた花崗岩の段差があり,火砕流が侵食されてその段差が露出して滝が形成され,その滝が後退して仙娥滝となった.このアイデアによれば,仙娥滝の形成年代は約15万年(5.7km/37mm/y)前となる.
 でも,本検討では滝の後退距離を現在の荒川(昇仙峡)の流路長と仮定したが,適切だろうか?本当に仙娥滝は後退して,現在“たまたま”想像した鞍部の場所に位置しているのであろうか?それとも,滝が形成されて以来ほとんど現在と同じ位置にあるのだろうか?後退すると考えた場合,もしかして,約20万年前に韮崎岩屑流が荒川下流を含む甲府盆地を埋め,その後,釜無川が下刻をし始め,これと合流する荒川に滝が出来て荒川を遡上し始め,現在仙娥滝に達しているのだろうか?分からないことは無数にあり,四次元の旅の興味は尽きない.

あとがき

 上述のように,昇仙峡の成り立ちなどについて地形図と地質図,文献から想像,検討を行ったが,興味や疑問が次々に出て思った以上に時間がかかってしまった.大きな間違いがあるかもしれない.ご指摘を頂ければ幸いである.再度,現地に行って地形・地質を確認したいが,しばらくはままならない.「地質図Navi」や「地理院地図」を用いて机上で四次元の旅を楽しむこととしよう. 最後に,日本地質学会中部支部巡検で教えて頂いた方々,層雲峡ビジターセンターで説明して頂いた学芸員の方に御礼申し上げます.また,貴重なヒントを頂いた友人の星野延夫氏に感謝いたします.
 

参考文献

(注)文献番号は「前編」から通し番号となっている.

  • 2)三村弘二・加藤祐三・片田正人(1978)5万分の1地質図幅「御岳昇仙峡地域の地質」.地質調査所.
  • 8) 興水達司・内山 高・嵯峨山積・八木公史・竹下欣宏(2007) 甲府盆地500mボーリングコアの地質年代と古環境.日本地質学会第114年学術大会講演要旨.
  • 9) 野村勝弘・谷川晋一・雨宮浩樹・安江健一(2017) 日本列島の過去約10万年間の隆起量に関する情報整理.日本原子力開発機構JAEA-Data/Code.
  • 10) 岡田篤正(1980):中央日本南部の第四紀地殻運動-地殻運動の変化と場の移動-.第四紀研究19(3) .
  • 11) 鈴木睦仁・池田 宏(1994) 愛知県豊川上流の乳岩川における平滑な岩盤河床の成因について.筑波大学水理実験センター報告,No.19.
  • 12) 吉田美佳・池田 宏(1999) 栃木県烏山町,竜門の滝の成因について.筑波大学水理実験センター報告,No.24.
  • 13) 早川裕一・松倉公憲(2003)日光,華厳滝の後退速度.地学雑誌,112(4) .
  • 14) Hayakawa Yuichi(2005)Reexamination of a Predictive Equation of Waterfall Recession Rates in Boso Peninsula, Chiba Prefecture, Japan.Geographical Review of Japan,Vol. 78, No.5.
  • 15) 早川裕一・横山勝三・松倉公憲(2005)阿蘇火山・立野峡谷付近における滝の後退速度.地形,第26巻,第4号.
  • 16) Yuichi S. Hayakawa(2011) Postglacial Recession Rates of Waterfalls in Alpine Glacial Valleys.地形,第32巻,第2号.
  • 17) 吉田英嗣・高波紳太郎・大坂早希・疋津 彰・石井 椋・早川裕弌(2016)大隅半島神ノ川流域における滝の形成・後退の地形プロセス.2016年度日本地理学会春季学術大会.
  • 18) 前田寛之・河野勝宣・小竹純平・安藤 勧(2014)続成帯硬質頁岩を基岩とする受け盤型地すべりにおける風化帯の重要性−北海道本岐地すべりの例−.日本地すべり学会誌,51巻,1号.
  • 19) 松末和之・藤原 治・末吉哲雄(2000)日本列島における最終氷期寒冷期の気候.サイクル機構技報,No.6.
  • 20) 梶川昌三・増田幸治・山田功夫・出原 理(1990)粒形の異なる花崗岩に発生する微小クラックの特徴.地震,第43巻.
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